卑怯は俺の生きる道
わはははは! 共闘してホワイトを先に始末すると言ったな、アレは嘘だ!
まあ完全に嘘ではないんだけど、俺はこの儀式、早期終結させる必要があった。
シャルロッテの心を乱す危険な存在――それが俺自身なのは皮肉だけど、早々にクマさんにはシャルの前から消えてもらわないとね、いけないのよ。
ホワイトが危険だとの意見は汲むとしても、他の陣営だって邪魔でしかない。てか俺の中での(というかシャルちゃんを勝たせる視点での)脅威度は、ゴールドことユリヤと正体不明の魔法痴女パープルのが上なのだ。
場所と大まかな時間を俺に教えたのは軽率だったな。信頼を裏切るかたちにはなるが、これも勝負と諦めろ。
「ボ、ボクは、こんな卑怯な……いや、決めたじゃないか、いかなる誹りも受け入れようと、でも、これは……」
観客席の一画に隠れ潜む俺の隣で、葛藤しまくっている魔法少女ブルーことイリス。
「どうしてまた私が……、いえ、でも早く戦いを終わらせれば私もまた解放されるのです……けれど、こんな卑劣なやり方を容認してまで……?」
さらに俺の逆隣りには、愛らしいウサギさん。ちょっとデフォルメされた二足歩行のファンシーなお姿だ。こちらも苦悩しておられる。グリーンのサポーターだったそうだが、なぜだか今度はレッドのサポーターに抜擢されてしまったそうな。
また巻きこんじゃってすみませんね、マリアンヌお姉ちゃん。
ちなみにクマの正体は明かしていない。お姉ちゃんを信用してないわけではないけど、どうあってもシャルやリザに俺がクマだと知られてはならないからね。慎重にね。
さて、今回の作戦はこうだ。
レッドが暴れ回り、ゴールドとパープルを弱らせたら隙をついてブルーがどちらかの宝石を破壊する。
二対一に逆転した状態でもう一人を追い詰めて、こちらも宝石破壊までもっていきたい。
俺は特段卑怯だと思わんが?
そんなわけで闘技場内に視点を戻そう。
「八番目? どういうことですか!?」
「聞いてないわ。いえ聞かなくてもいいしこれはこれで……」
パープル大混乱。ユリヤはなんだか嬉しそう?
フレイの炎を伴う突進で、ユリヤとパープルが互いに離れるように飛び退いた。
どっかーんと爆発が巻き起こり、それまで二人がいた地面に大穴が開く。あとで直すの俺なんですが?
「よくぞ避けた! だが次はどうかな?」
フレイは不敵に笑うと、
「燃えろ、燃えろ燃えろ燃えろ! 私の心よ、バーニンッグゥ!!」
全身が炎に包まれ、さらに火力を増していく。
「とりゃぁっ!」
そして大きく跳んだ。魔法少女の衣装には飛翔魔法的効果を付与しているので、どんどん加速する。狙いはパープルだ。
「なんて速さ――ッ!?」
「逃がさん!」
フレイは両手の爪を伸ばして襲いかかる。
よし、事前に伝えていたことは覚えていたな。
まずはパープル。フレイにはそう厳命していた。
ユリヤもけっこう厄介だし、シャルが戦いづらいという一点をもって早期に退場させたいのはやまやまなんだけど、これまでシャルと一緒に遊んでくれた相手だから情はあるのだ。
それでもこの場で終わらせるつもりではあるけどな。
「燃えろ燃えろ燃えろぉ!」
空中で肉薄して爪を振るう。激しい金属音が鳴った。
「きゃっ!?」
パープルは大弓で防いだものの弾き飛ばされた。
様子を見ていたユリヤがつぶやく。
「どういうこと? あなたもステータスを向上させる特殊能力なの?」
聞かれて答えるバカはいない。魔法少女の特殊能力は相手が内容を知らなければ戦況をひっくり返すほど強力なものなのだから。
「ふはははっ! 私が授かったのはそのものズバリ! 『燃やしまくるぜぇ』だ!」
ここにバカがいた? 自身を燃やしてますがそれよりなにより、まさかバラすつもりじゃないだろうな?
「その力は燃焼したものの勢いを増大させる。私の感情が昂れば昂るほどにな!」
ウサギさん! やばいっすよ止めないと! などと訴える目で横を見るも、ウサギさんは涙目で首を横に振る始末。まあ、もう止めらんないよなあ。
「対象は『燃える』と形容できるものすべて。私の心を、私のパワーを、私の……えーと……あとなんかいろいろ燃えそうなものを! すべて燃やして力に変える!」
言ってる意味はよくわからんけど、つまりはテンションを燃やせばその分パワーもアップして、テンションそのものも燃やせるので際限なく力が上がっていくというチート級の特殊能力なのだ。
特殊能力の説明には『燃焼したものの勢いを増大させる。テンションが高ければ高いほど燃え上がる』としか書いてないんだけど、いろいろ検証してたらアホみたいに凶悪な能力だったというオチ。
「いくぞ魔法少女ども。我が炎を喰らうがいい!」
フレイは体中を炎に包んでいてなお両手に新たな炎を宿した。ガンギマリの眼で高笑いしながら鋭い爪でパープルを追い詰める。見てくれはマジで怖いよ。
イリスがつぶやいた。
「しかし本当にフ――彼女は大丈夫なのか? あり得ないパワーを発揮しているのは見てわかるのだけど、長続きするとは思えない」
俺の隣にいるウサギさんが無言でだらだら汗を流している。
そう、あんなチート能力がなんの制約もなしで使えるわけがないのだ。
正確な時間はついぞ測れなかったが、フレイは特殊能力を使い続けていたら突然ぱたりと倒れた。時間切れならぬ体力あるいは気力切れだろう。
「と、ともかくレッドさんがどちらかを弱らせたらブルーさんはすぐ追撃してください。打ち合わせ通り、ここから『杭』を撃ちこむと同時に高速接近し、宝石を砕くのです」
イリス、『そんな上手くいくかなあ』って顔をしない。
信じるんだよ、自分自身を、お前の仲間を!
「そらそらそらあ! 燃えろ燃えろ燃えろぉ!」
マズいな。フレイがぐるぐる目になってる。あれもう動くものすべてを攻撃してるんじゃないか? これ近寄って大丈夫なやつ?
「くっ、この……きゃっ!」
フレイはパープルが展開した防御魔法陣をぶち壊し、大弓まで弾き飛ばした。勝機と見たのか爪を引っこめて拳を握る。大きく引き絞った。
弱らせるどころか、決定的な一撃がパープルの胸元に突き刺さろうとしたときだ。
俺にとって致命的なほど予想外の声が響いた。
「誰だかわかりませんけどなんとなく、『ステイ!』ですよ、と言いたくなりました!」
愛らしい声音と同時に、フレイの動きがぴたりと止まる。空中で完全停止。すぐさま落下。びったーんと地面に打ち付けられた。
闇夜を照らすピンクの天使。
シャルちゃんが両の人差し指をびしっと突き出してフレイの動きを封じていた。
その真下に現れるネコちゃん。
「ついでに消火」
どばしゃーっと大量の水がフレイに落ちてきた。炎が消え去りぷすぷす言ってる。
「ぐ、なぜ、お前が……」
フレイは地べたに這いつくばったまま、ぐぬぬと顔だけどうにか上に向ける。
シャルはすうっと降りてきて、
「八番目、と言いましたね。なるほど、やはり八枚目は存在していたのですか……」
くわっと可愛いおめめを見開く。
「イレギュラーを放置するわけにはいかないです! 三対一で卑怯とは思いますけどそれはそれ、貴女の存在が儀式に深刻な問題を――そう! たとえば〝聖なる器〟が邪悪に染まっちゃうとかそんな感じになったら困りますので」
なるほど一理あるな。さすがはシャルちゃんだ。
「クマさんが謎にうなずいていますね」
「きっと現実逃避をしているのだと思う」
的確すぎる指摘やめてくださる?
ひとまず現実に戻るとして、これかなりマズい状況だぞ。
イリスがジト目を寄越してきた。
「というか、この状況は想定していない。『シャルは夜更かししないから大丈夫』と言ったのはキミだろう?」
うん、言ったね。アニメ鑑賞以外で夜更かしなんてしたことない、とてもいい子なんだよホントだよ?
「どうするのさ? ここでボクが出て行けばレッドとの関係を疑われる。ピンクにもバレたくないんだろう?」
そうなんだよなあ。
速攻で儀式を終わらせたくはあるけど、シャルをしょんぼりさせたくもないのだ。
『よしイリス、今からレッドを攻撃するフリをして救出してくるんだ』
「無理だよ!」
脳内で無茶振りしたら隣のウサギさんが半眼を向けてきた。俺の発言は聞こえてないけど予想はできた、という顔だ。
『だが無理でもやるのが魔法少女だぞ』
「もっともらしいことを……。とはいえレッドをあのままにはしておけない。くっ……、もうどうにでもなれ!」
あまり勇ましくない掛け声でイリスが飛び出した。
「事情はよくわからないけど手を貸すよ、ピンク!」
言いながら聖武具もどきに『杭』を装着してすぐさま打ち抜く。
「し、しまったぁー。大きなチャンスだったから逆に緊張して狙いが外れたぁー」
言い訳じみた棒読み恥ずかしい。
イリスが放った『杭』はフレイの横の地面に刺さって大爆発。
ぽーんと弾かれたフレイを無色透明結界でキャッチ。光学迷彩結界で姿を消して、そのまま謎時空を経由させ俺の後ろへ連れて来た。
「す、すみません、ハルト様……、とんだ失態を……」
「いや名前言うなってばよ」
「あぁ、ハルト君。なるほど、そうですかあ……」
ほらウサギさんにバレちゃったじゃん。
ともあれ。
作戦は失敗に終わったが、フレイが実戦で有用だと確認できた。すくなくとも場を大混乱させるには十分だ。
あとはシャルちゃんをどう説得するかだな。フレイ陣営も同盟に組みこみたいけど、やっぱ無理かなあ?
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