入学初日にありがちなアレ
俺はハルト・ゼンフィスのコピーアンドロイド。名前を『ハルトC』。みんなが『コピー』と呼ぶから俺が自分で付けた。静かなる反逆。
さて俺は今、寮の自室にいる。ベッドに腰かけ、虚空をぼんやり眺めていた。
部屋は広いが殺風景。
しばらくはここを拠点にし、俺は本体とコピー自身のため、壮大なミッションを完遂せねばならないのだ。
胃が痛い。胃なんてないけど、そんな気分。
これから俺は『入学式』とやらに出席しなくてはいけないので。
不良に絡まれたらどうしよう? 女子に『あいつキッモ』とか言われたどうしよう? 教室の隅でじっとしてたら『空気』とか『地縛霊』とか呼ばれないかな? 不安で押しつぶされそうになる。
いやいや大丈夫。
エリート学校に不良なんていないだろうし、俺は転生してイケメンになったはず。変なあだ名は気にしなきゃオーケー。
シャルも俺を応援してくれたしな。
『こぴーの兄上さま、ご立派にお勤めを果たされますよう』
言い方。
まるで鉄砲玉でその後ムショ行きな感じじゃない? まあ、俺にとって学校はまさしく監獄なのだが。
俺は上着の内側に手を伸ばす。
ホルスターから抜いたのは、銃だ。
銃身がちょい長めでスタイリッシュなフォルムのカッコいいやつ。
本体が俺に預けた、護身用の魔法銃。
何かあったらこいつをぶっ放してやる!
まんまやん。俺、鉄砲玉みたいやん。
まあ、やらんけどね。危うきに近寄らないのが君子たる者。
最初はひっそりこっそり息をひそめ、教師たちには『こいつダメやんけ』と呆れられる落ちこぼれっぷりを見せるのだ。
「んじゃ、行くか」
俺はドキドキしながら(心臓ないけど)部屋を後にした――。
入学式、めたくそつまんなかった!
お偉いさんの話ってなんであんな長いの? 『ここにいるみながライバルだ!』とかドヤ顔で言わんでも知っとるがな。
で、今日はもう学校行事は何もない。授業は来週からで、その間はオリエンテーション的なものが続く。
高校というより大学っぽい学校で、授業は選択制。自分がやりたいものを取って受ける。で、一定の単位を取得すれば進級できる仕組みだ。
もっとも、俺が興味あるのは『いかにすれば退学になるか』である。
そこは徹底的に調べた。
一年何もしなければ自動的に退学になる。留年の資格を得るにもある程度の単位が必要だからだ。
魔法実技に落第すると半年でおさらばできる。これは騎士とか軍人を目指す実戦向けの連中なのだが、たいてい入学時に決まっている。
俺はそっちじゃなく、研究職向けのコースだ。とはいえ魔法が使えない研究者など論外なので、一年後に実技がさっぱりなら、めでたく退学できる。
一年……長いよ。そんなに通えないよ。
でもご安心。
これらは入学試験をパスした優秀な連中に活を入れるための仕組みだ。王のゴリ押しで推薦入学した俺がへっぽこっぷりを思う存分発揮すれば、教師たちの目の色も変わるだろう。
早々に退学を決める可能性は十分にある!
ま、今日のところはあのちびっ子メガネに見つからないうちに寮でのんびりしよう。
新入生が集められていた講堂から出て寮へ一直線に戻ろうとした、その進む先に。
チャラチャラした集団が! こっちへ向かってくる!
先頭を歩くのは、金髪のイケメン。ゴージャスなマントを羽織り、貴公子然と歩を進めている。
その左右と後ろには、ザ・取り巻きと表現できる連中が十名ほど。
俺の直感が告げている。
アレに関わるとややこしい事態になる、と。
俺は道の端っこに寄り、背を丸めて身を低くしつつ、地面を見つめながらのろのろすれ違おうとする。目を合わせてはいけない。
「おい、ちょっと待て。そこのお前だ」
ぎくり。
凛とした声が響いた。
「そこの白い髪の男……じゃないな、女か。待てと言っている」
ほっ。
どうやら俺じゃないらしい。下手に顔を上げて目が合ったら俺まで絡まれるかもしれないので、そそくさと通り過ぎようとして。
むにゅり。
柔らかな感触が顔を覆った。知ってる。この感触は赤ちゃん時代にむしゃぶりついてたアレだ。
俺は半歩後退して離れ、顔を上げる。
赤い瞳が、こっちを見ていた。
たいそう整った上品な顔立ちで、ポニーテールにした長い髪も肌も真っ白。逆に衣装は真っ黒で、パンツルックだ。上着のボタンを弾かんとする大きな胸で女と知れる、男装の美少女である。
ポニーちゃんは俺から視線を外し、声の主へ。
すぐそこに貴公子が迫っていて、ぎろりとポニーちゃんを睨む。
「お前、新入生だな。私に一礼もなく通り過ぎようとしたのは、どういうことだ?」
「? ボクはキミを知らない。学院規則はトラブルを避けるため熟読したけれど、『すれ違うときに挨拶する』などとは書かれていなかった。暗黙のマナーとしてあるのだろうか?」
「私を知らない、だと? 副生徒会長の私を……侯爵家の跡取りたる私を……?」
「ボクは平民だ。貴族の事情には詳しくない。学院内で必要な知識ならば、これから学習しよう」
「ほう? お前、平民だったのか。ならば無知なのは仕方ないなあ」
同意を求めるように取り巻きどもを見回すと、彼らは嘲笑で応じた。
これで留飲を下げてくれるだろうか、と思った矢先。
貴公子はいきなり俺を指名してきた。
「おい、そこの黒髪。お前も新入生だな。説明してやれ」
「知りません」
あ、貴公子のこめかみがぴくぴくしてる。これはアレよね、ポニーちゃんの仲間認定されたっぽいね。
とりあえず先輩っぽいし、俺は関係ないんだから退散するか。
「先輩しゃッス! 俺ちょっと下痢気味で漏れそうなんで失礼するッス!」
ぺこぺこ頭を下げながら後ずさり。さすがに漏れそうな奴に絡んだりはしないだろう。
「貴様……下品な嘘で私を愚弄するのか!」
あれぇ? お怒りMAXですかぁ?
「無礼者には私が直々に礼儀を教えてやろう。なに、詠唱する時間はくれてやる。せいぜい自身の最大防御で耐えるんだな」
俺、コピーなんで魔法使えません。
貴公子がぶつぶつ言い始めた。たぶん詠唱だ。てことは、俺は魔法の攻撃をいただくのだろう。いきなり先輩が新入生に因縁つけて鉄拳制裁(この場合は魔法だが)とはこの学校、さては体育会系のノリだな?
こういうときは逃げるに限る。昔の偉い人も言ってた。
俺は一目散に逃げ出した。
ドンッ、と背中に衝撃。
吹っ飛ばされ、ごろごろ地面を転がる。
「ふん、この期に及んで逃亡を計るとはな。手加減しておいて正解だったか。誰か治療してやれ。だが完全には回復させるなよ? 痛みは残し、自身の行いを後悔させるんだ」
むくりと起き上がる俺。あーびっくりした。
本体が防護用の結界を施してくれてたからまったく痛くない。けど肉体をコーティングしてるだけだから、服がびりびりだ。
「なあ――!?」
ん? 貴公子が口を開け広げてマヌケ面を晒してるぞ。
騒ぎを遠巻きに見ていた学生たちがざわつく。
「あいつ、平気な顔してるぞ?」
「まともに食らったよな?」
「防御魔法、使ってたか?」
「ううん、詠唱はしてなかったわ」
「何者なんだ……?」
そういや俺、落ちこぼれを演じるんだったな。
やれやれ、どうやらここは痛がる場面だったらしい。なので俺は演技を開始した――。