深く考えてはいけない
ここまでは順調だ。そう思わなければやってられない。
「いやまあ、順調は順調、なんだよねえ」
ティアリエッタはソファーで仰け反り、独り言ちる。
一人退場した。
これは純粋にライバルが減る意味で良しと言える。
イリスの特殊能力がだいたい絞れた。
相手の動きを封じるのは副次的なものにすぎない。あれは『道具に特殊な効果を付与する』ものだ。道具の特性――メガネなら『見る』、聖武具は杭のかたちだから『打ち付ける』≒『動きを止める』か。
状況から一度にひとつの道具に対してしか効果はなさそうだから、対応はしやすい。
また、他陣営の情報を集められたのもあるが、なによりも。
魔法少女ブラックことメルは、想像していた以上に強いと知れた。もともと気配含めて姿を完全に消し去れて、一方的に攻撃できるのだから弱いはずがない、とは思っていた。
ただ、やはりそのメンタリティーの幼さが懸念点ではあったのだ。
実際に精神的な不安定さから、ホワイトの口車に乗ってパープルと戦う羽目になった。それはご愛敬だとしても、イリスのサポーターを攻撃してしまったのは余計だった。おそらく魔法少女になって魔法力が上がり、ハルトの恐ろしいほど強大な魔力に当てられたのだろう。
(まあ、それを感知できるのってシャル君みたく生まれる前からあの魔力に馴染みがあるか、フレイやリザみたいながっつり魔族系だけなんだけど……)
その素性が定かでないのも相まって、メルの異常性に疑念が増していく。
(通常の魔法レベルの低さから深く考えないようにしてたけど、さすがに目を逸らしちゃいけないかもだねえ。たぶんこの子、魔人かそれに連なる何かだ)
ふんぞり返った態勢を戻し、横を見た。
「ふ~~ん♪ ふふ~~ん♪ あく! そく! まっさつ! ふん~~♪」
物騒な言葉を間に挟みつつも鼻歌を交え、実に楽しそうなメルがお絵描きしている。
(ま、詮索はやめておくか。何かしら危険が芽生えればハルト君がなんとかするだろうしね)
今はいかにしてメルの手綱を上手く握って儀式に勝利するか、それを考えなければ。
「メル君、〝紫〟の魔法少女と戦うのは楽しかったかい?」
「紫? うーん……、ちょっとだけだったけど、うん、楽しくなりそうだった」
ということは、かなりの手練で間違いない。サポーターがアレクセイだからナンバーズの誰かとも考えたが、彼以上の実力者ならその線は消える。が、これだけでは情報が足りない。
(そういえば彼って一時期、魔神の意識に支配されていたんだっけ。となるとパープルの正体はもしかしたら、魔神かそれに連なる者なのかもしれないな)
お気軽に考えてしまったが、新たな魔神が現れて儀式に参加しているなんて想像するだに恐ろしい。
「それじゃあ、金色の魔法少女はどうだったかな?」
「あっちはわかんない。ちょっと怖い感じがする。でも大丈夫だと思う」
「怖いのに、大丈夫?」
「うん」
メルは無感情にうなずくと、お絵描きに戻った。
(……ゴールドは言動を鑑みるにユリヤ君だろうね。儀式の認識阻害もコツさえつかめばけっこう突破できるか)
にしても、だ。
(彼女が怖い? もしかして彼女も魔人的なにかなのかな?)
いや、メルが『恐怖』を感じるほどとなれば、もしかするとその上位――魔神である可能性もある、かも?
(あの子、わりとシャル君ともどもはっちゃけてたけど、魔神……なのかなあ?)
さすがに論が飛躍しているだろうか?
だが先ほど、アレクセイのパートナーにも魔神の可能性を考察したばかりだ。
仮にいずれかあるいはどちらもが魔神だとして、それが究極の願望機たる〝聖なる器〟を手にしてしまったら……。
(待って。そもそもこの儀式って、神代の魔神たちがこぞって実現しようとして頓挫したものだよね?)
シャルロッテの妄想と切り捨てられないのが、例の古文書(と呼ぶには真新しかったが)の内容とも一致するからだ。
(もし、ルシファイラ以外にも魔神が複数復活していたら……)
間違いなくこの儀式に参加したがるはずだ。いや、そもそもこの儀式が実現したのは、複数の魔神が今この時代、同じ場所に集結したからでは?
(この際ハルト君も魔神だってことにしたら、その可能性って十分あるよね)
ぞわりと背に怖気が走る。これもう関わった時点で命の危険がMAXでは?
やはり、順調だと考えなければやっていられない。それでも!
「いろいろ探ってみたいのが研究者って生き物さ! メル君、例のトロフィーを出してもらえるかな」
お絵描き中のメルが手を止め、ティアリエッタに顔を向ける。
きょとんとしているが、話の内容は理解していたようで。
「ん……、はい」
ハルトが言うところの『謎時空』に隠されていた儀式の優勝トロフィー――〝聖なる器〟がティアリエッタの目の前に置かれた。
本来ならば儀式を管理・監督しているシヴァ――その正体であるハルトが自らの管理下に置くはずなのに、どういうワケかメルに預けているのだ。
(いやまあ、どうもこうもなく、メル君に『きれい。ほしい』と駄々をこねられたからなんだけどね。てかこの手の要求をする子じゃないんだけどなあ……)
いろいろと不可解なことが起こるものだ。
(ともあれ、これが本当に究極の願望機なら、それっぽい術式が刻まれているはずだ)
ハルトから拝借した魔法具鑑定機――通称『解析るんです』で解析開始。
鑑定機から光が帯状に広がって、現代語で術式をつらつら表示した、のだが。
(なんだこれ? やけに少ないなあ)
巨大魔法儀式を実現するにはまったく足りない。そもそも儀式のルールを定めている箇所すら見当たらなかった。
(いろいろ機能があるけど、光ったり音を出したり無駄なものばかりじゃないか。超々高密度魔力体から魔力を吸い出したりもしてない。いやホント無駄だなこれ!)
萎えそうになるも、気持ちを切り替えて解析を続ける。
(儀式そのものの術式は……ここからつながっている〝どこか〟に刻まれているのか)
残念ながら今の自分には、〝聖なる器〟からその〝どこか〟をたどる術がない。
「無理やり遠隔操作用の制御画面って組み込めないかな?」
どんな術式が刻まれているかを見るだけでもいい。あるいは場所を特定できる情報が知れれば十分だ。
ひとまず意識を集中し、既存術式への干渉防御を突破する術式を刻んで――パキュン。
「音? なんで?」
小さな音だ。メルの鼻歌で掻き消えてしまうほどかすかな音。
術式が弾かれたなら使用した魔力が霧散するだけで、こんな現象は――ジジジィィジジッ、パンッ! パパパパンッ!
「今度はなに!?」
明らかな異音が〝聖なる器〟から弾けた。しかも器そのものも音に合わせて震えている。
「ティア、こわした」
「いやいやいや、壊してないよ! 壊れて、ないよね?」
魔力を抑え、しばらく観察する。
一転してうんともすんとも言わなくなった〝聖なる器〟を、
「メル君、返すね」
ティアリエッタは何事もなかったと言い聞かせるかのように手渡すのだった――。
深夜。
メルは静かに起き上がる。横を向けばティアリエッタがすぴーっと寝息を立てていた。
虚空を見やる。
薄ぼんやりとする暗闇から、まばゆい光が浮かび上がった。
異空間との〝孔〟が開き、黄金に輝く〝器〟が現れ出でたのだ。
何をするでもなく、ただ黄金の器を眺め見る彼女の瞳が淡い赤光を灯していく。
ぼんやりと。
それでいて真剣な眼差しは、まるで何かに聞き入っているようで――。
「うん、わかった」
やがて少女はうなずいた。
どこか安心したような、嬉しそうな笑みを浮かべると。
――メルキュメーネスは行ってくるね。お母さんのために。




