雪だるまとの邂逅
戦いは終わった。と言っても一時的なものだ。
シャルロッテはほっとひと息ついて、イリスとともに拠点に戻って作戦会議を、と考えた。
(あれ? クマさんが……?)
イリスのサポーターでありながら、同盟を結んでもその正体を秘匿している不思議な誰か。
気にならないと言えば嘘になる。
けれど『その素性を探らない』ことがイリス陣営との同盟締結の条件であるため、余計な詮索はしたくなかった。
(それでも、わたくし気になります!)
後を追いたい。でも約束は破りたくない。
頭を悩ませる魔法少女に、まるで気持ちを汲み取ったかのような声が脳内で響いた。
『シャルロッテ様、クマを追って。あいつは信用ならない。絶対になにか企んでいる』
まったくそんな気はしないけれど、シャルロッテは首肯して応じると、
「イリスさん、作戦会議はすこし待ってください。わたくし、ちょっと用事を思い出しましたので!」
決断は早かった。それほどにクマの存在がシャルロッテの中で大きく膨らんでいたのだ。
その理由はわからない。男か女か、人なのか魔族なのかも定かではない、クマのぬいぐるみじみた姿をする誰か。
兄以外でこれほど自分の関心が向いたことに驚き、戸惑いながらも、この胸にくすぶる気持ちをどうしても確かめたかった。
「ぇ? ちょ、シャ……じゃなかった、ピンク!?」
呼び止められそうな声を後ろ髪引かれながらも振り払い、シャルロッテはクマが飛んで行った方向へ速度を上げた――のだが。
(さっそく見失ってしまいました!?)
クマの飛び去った方向を半分涙目で進んでいると、王都中心部から西にある、広い共同墓地に着いた。
(なんとなく、こっちの気がします)
別に匂いはしないがくんくんと小さな鼻をひくつかせ、シャルロッテはふよふよと林の中へと入っていく。そこに、
「雪だるまさんです!」
成人の腰丈サイズ。まんまるな体にまんまるな頭が乗っかり、枯れ枝で両腕を、黒っぽい丸石でふたつのおめめ、縦長な石で鼻を模している。
一般的なシンプルデザインだが間違いない、以前、建物の屋上にちょこんと佇んでいた雪だるまと同じだ。
雪だるまは動かない。シャルロッテがその存在に気づいたときから、不思議にもこちらを見上げるように佇んでいる。
「あのクマは〝青〟の陣営かと思ったのだがな。其方のサポーターであったのか」
「しゃべりました!?」
しかも低音で威厳ある声音に驚きを隠せない。
「ワシを儀式参加者と認識していなかったのか?」
「はっ!? 急に失礼なことを言ってごめんなさいです。えっとその、なんとなくそうじゃないかなーとは思っていましたけど、実際に話しかけられると驚いてしまいまして」
シャルロッテはふよふよと地面に降りて、雪だるまの前に立った。
「はっはっは、よい。ワシこそ驚かせたようですまなかったな。見た通りの幼子のようで安心したぞ」
見た目と声のギャップが埋められない中、見た目通りにフレンドリーなのもまた違和感が仕事をしまくっている。
そんな緊張を別の理由に捉えたのか、雪だるまはまたも快活に笑った。
「そう硬くならずともよい。敵同士とはいえ、魔法少女とサポーターは直接戦う間柄にない。今のワシは相方と別行動しておるしな」
「別々に、ですか?」
小首をかしげると、雪だるまはくつくつと笑う。
「ああ、どうにもワシらは慣れ合えぬようでな。利害は一致しておるが、ワシは相方を油断ならんと踏んでおる。果たして相方はワシをどう見ておるものか」
「もしかして、パートナーの魔法少女さんとは仲がよろしくないのでしょうか」
素朴な疑問を投げると、
「ほう、敵方が不仲ならば諸手を挙げて喜ぶか、この機に更なる亀裂を生もうと画策するものであろうが……其方のその哀傷を醸す表情、他者の事情を自身に映して心痛めるか」
やれやれ、と肩を竦めたようなそうでないような、かすかな動きをする雪だるまに、
「できれば仲良くしていただいて、万全の状態で全力をもって後腐れなく戦いたいと願っています」
心の底からの言葉を告げる。
「……」
雪だるまがしばし沈黙する。その間は雰囲気が重くなったように感じたけれど、次に声を出したときには元に戻っていた。
「時に幼子よ、わざわざ話しかけてワシになんの用がある?」
「いえ、今のところとくに用事はありません」
「なんとも欲のない……。敵方の腹を探るよい機会だ。せめてワシがここで何をしているかくらい尋ねんか」
「では、あなたはここで何を?」
「敵対する者に教えると思うか?」
「それはたしかに」
「諜報だ。無害に見えるこの姿に騙されそうな者に接触して諸々有益な情報を引き出そうと思うてな」
「言っちゃってますけど!?」
「うむ、こちらが答えたのだ。其方もまたワシの質問に答えねば義にもとろう」
「それもたしかに。それでは、なにをお話しましょうか?」
「シヴァなる者の正体を」
どきりとした。
「さすがにそれは答えられないといいますか……」
義理に欠く行為にしょんぼりするも、
「いや、すまぬな。どうやら質問が釣り合わなかったと見える。では其方と同じく、『なにゆえここに?』と質問しよう。見たところ例のクマを追っていたようだが?」
あっさりと質問を変えてくれた。話ぶりからいい人だなあと感心するシャルロッテ。
「はい、あのクマさんは別の魔法少女のサポーターさんですけれど、どこへ行くのか気になって後を追っていました」
「彼奴ならこの先だ。ワシに気づいておったが素通りして進んでいったな」
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げて先へ進もうとしたものの。
「待て。今は少々立てこんでおる。其方がいけば混乱に拍車がかかろう」
「混乱、ですか?」
うむ、と雪だるまはおそらくうなずいたのだろう、体を前に倒す。
「ワシの相方が〝緑〟のを騙し討ちしておる最中だ」
「へ?」
「我が相方は〝白〟でな。同盟を組んだ直後だというのに、さっそく無用と判断したらしい。いや、別の使い道を思いついたのか。いずれにせよ、ヒトの情を持ち合わせぬ者よ」
「ぇ、えっと、あの……?」
「むぅ、どうにも其方は純朴に過ぎるな。いや許せ、幼子が気に病む物言いであったな」
「いえ! 互いに手を取る美徳もあれば、騙し騙されもまた勝負の摂理。たったひとつの席を争う者同士、勝つための権謀術数陰謀策略は当然の行いかと考えます」
「ほう、その幼さでよくも達観しておるな。勝負の清濁を理解したうえでなお正道を選ぶか。若き日にワシが置いてきたその真っ直ぐな眼差し、ゆめ曇らせぬようにな」
「はい!」
と元気よく返事をしたものの、いまいち意味はわかっていなかった。
「くっくっく、実に心地よい。興が乗った。貴公とはしばし問答をしたいが、構わぬか? ああ、先に言っておくが裏はある。貴公からそちらや他陣営の事情を聴き出す気は満々であるからそのつもりでな」
「それ言っちゃっていいやつですか?」
「貴公とは腹の探り合いをするだけ無駄だ。話せることはぽろりとこぼし、話せぬことはけして語るまい」
さて、と雪だるまは腰(というかまんまるな体)を落ち着ける。その直後。
『〝緑〟の宝石が破壊されました。〝緑〟の魔法少女とそのパートナーは本儀式から脱落したと認定します』
シャルロッテの脳内で機械音声が響いた――。




