一人ぼっちの入学テスト
聞いてない。むしろ『ない』って言ってなかった?
国王の推薦だからエリート学校でもノーテストで入学、などという話はどこへ行ったのか? 父さんらしからぬ勘違いとは思えない。
俺は入学を三日後に控えておきながら、『試験を受けろ』との突然の呼び出しを受けた。
どうやら形式的なものらしく、説明によると『入学前の実力審査』みたいなものだとか。
とはいえ、今日王都に到着したばかりで、寮の部屋にも案内してもらってないんですけどね。部屋に着いたらさっそく『どこまでもドア』を作って辺境の自室に戻り、コピーと入れ替わるつもりだったのに。
でもよく考えてみたら、これはチャンスかも。
形式的であろうと試験は試験。
ここで俺の不甲斐なさをこれでもかと見せつければ、入学式前に『お帰りください』コースもあり得るのだ! やったー。
てなわけで、馬車に荷物を置いたまま、学校の正門に放り出された。(荷物は寮の部屋に届けてくれるらしい)
――王立グランフェルト特級魔法学院。
史上最高レベルを記録した大賢者の名を冠するこの学校は、王国のみならず周辺諸国にも名を轟かせる国内最高学府だ。
ふつうは十五歳で入学して五年で卒業となる。
歴代の卒業生はそれはもうすごいやつばかりらしい。今現在も国内はもちろん、外国からも錚々たる魔法の使い手たちが集まって来るのだ。
そんな連中とまともに会話できるわけない。パリピなんて見るだけでも嫌。
というわけで、試験はボロボロにしてしまって入学前に退学させてもらおう。(なんて矛盾)
広い敷地内をあっちこっち迷った挙句、イタリアだかの大聖堂みたいな本校舎に入った。
中でもさんざん迷い、どうにかローブを着た汗っかきのおじさん(この学校の教師? 自己紹介されたが聞いていなかった)と合流。
すり鉢状の教室で一人、ぽつんと筆記試験を受ける俺。
「試験は一時間です。なに、ゼンフィス卿のご子息ならば食事中の話題に上るような基礎的な問題ですから、お気を楽にして臨んでください」
俺がお貴族様(しかもわりとえらい辺境伯)の息子だからか、おじさんは汗を拭き拭き、へりくだっている。
てか、食事中に魔法の問題とか出さんだろ。どんなご家庭よ、それ。
ま、さっさと間違えた答えばかり書いて退散するか、と問題用紙を眺めれば。
………………さっぱりわからん。
え、なにこれ? めっちゃ難しいんですけど。というか知らん単語ばかりだ。俺、結界魔法以外はほとんどなんも教わってないからなあ。
だって詳しいのが近くにいるから。生きるウィキペディアみたいなのがいるから。俺が知らなくても解説してくれたから!
ちなみにフレイである。あいつ、魔法の知識〝だけ〟はあるのよね。
さて困った。いや困らない。テキトウに書いたら正解してしまうかもしれないが、『わからない』と書けば正解であるはずがないのだ。
せっせと『わからない』を書き綴っていく。不毛だ。
「ん?」
問題の中ほどで結界魔法に関する問いがあった。
結界魔法の特性とか制限とか使用状況なんてものを書きまくれって感じの問題だ。
この世界の結界魔法の常識と、俺が操る結界魔法はかなり違う。
回答用紙をぜんぶ『わからない』で埋めたら変に勘繰られてしまいそうだし、ここはある程度回答らしきを書いておくか。
『作った結界は動かせるよ』
『なんなら色とか付けちゃえる』
『維持に魔力なんて必要ないっす』
俺自身がまだよくわかってない部分は書かず、回答欄の半分くらいを埋める感じにしておいた。
最後には古代魔法に関する問い。他に比べて分量が多いな。
俺、方便で『古代魔法を研究している』と言った手前、ちょろっと勉強していた。やってみると結界魔法に応用できるのがあったので、わりと知ってる。
ここもちょっとだけ埋めた。
で、試験が終わったわけだが、回答用紙を手にしたときのおじさんの汗、すごかった。
「で、では続いて『ミージャの水晶』での魔法レベルの測定を――」
「えっ?」
「はい!? な、何か失礼を!?」
「ああ、いや、そうじゃなくて……。俺、魔法レベルは最大も現在も2って申告してますよね? わざわざ測定しなくてもいいかなって」
そっちは知られてもいいのだけど、無属性だと知られないように父さんにも言われている。
「あくまで念のためと言いますか、面接の一環ですので……」
おじさんは汗を拭く。
まあ、べつにいいか。誤魔化す術が俺にはある。左胸の〝王紋〟隠している結界『びっくりテクスチャー』で属性のところを『土』にしたシールをぺたりと貼ればいいだけだ。簡単。
でもって、応接室っぽい部屋に赴いたわけですが。
「やあ、キミがゼンフィス卿のご子息のハルト君だね。うん、なかなかいい男じゃないか。黒髪というのもワタシ的にポイントが高い」
なんかちっこいのがいた。
寝ぐせみたいなぼさぼさヘヤーはくすんだ茶色。小さなメガネをかけて、生意気そうだが愛らしい顔立ちだ。ぶかぶかの黒いローブをまとった女の子がソファーでふんぞり返っている。
「うん、わかるよ。『こんなお子様がなぜここに?』とか考えているんだろう? あっはっは、失礼だなキミは!」
なにキレてんの? 理不尽だなあ。
俺は汗かきおじさんに促されて彼女の対面のソファーに腰かける。間にあるローテーブルには水晶玉が置かれていた。
「まあいいさ。こう見えてワタシはこの学院の教授でね。ティアリエッタ・ルセイヤンネルだ。長いので『ティア』で構わないよ。さて、いくら国王陛下の推薦であっても、ワタシの機嫌を損ねたら入学式には出席せずにお帰り願うことに――」
「マジで!?」
じゃあこいつを怒らせればいいのか。
「ぉ、おう? 今の食いつきは恐れおののいたというよりも、期待に満ち満ちていたように感じたのだけど?」
まったくもってそのとおりです。
「ふぅむ、おかしな男は嫌いじゃない。むしろ好きだよ。これは期待が膨らむなあ」
ティア教諭はちっともふくらみのない胸を反らす。
「今どこを見た! 『ちっとも膨らんでないじゃない?』とか思っただろう!」
こいつ面倒くさいなあ、とか思ったらまた心を読まれてしまうのだろうか?
「さておき、キミの魔法知識をまずは確認だ」
汗かきおじさんがおろおろしながら俺の答案用紙を手渡すと、ちびっこティア教授の余裕顔が一転、険しいものとなる。『わからない』だらけだし、当然よね。
「…………測定を行おうか」
俺は目の前にある水晶玉に手をかける。『びっくりテクスチャー』の準備は万端。さあこい!
ティア教諭がぶつぶつ言ったあと、水晶玉がぴかーっとめっちゃ光った。さらにガッコンガッコン飛び跳ねて、謎の突風が巻き起こると。
バキンッ!
割れて、しまったぞ?
ティア教授と汗かきおじさん、あんぐりである。
ちょっとこの水晶、粗悪品じゃないですかね? 俺、さすがに一度も割ったことはなかったよ?
でも結果はオーライだ。
なにせ『ミージャの水晶』は古代の謎技術で作られたらしく、今の時代では作成が不可能な貴重品。それを壊したのだから、さぞお怒りでございましょう。
ティア教授は可愛い顔を引きつらせ、わなわな震えていらっしゃる。ふっ、これは確定だな。さあ、怒りに任せて『お帰りくださいませ』と告げるがいい!
「……………………素晴らしい」
ん?
「見たかね、ポルコス君! 『ミージャの水晶』が割れた。あはは割れたよ! 水晶が耐えきれないほどの魔力を有しているとの証左だ。もしかしたら彼は、かの大賢者グランフェルトに匹敵する逸材かもしれないよ」
ポルコスって……ああ、汗かきおじさんの名前か。
「し、しかしルセイヤンネル博士、彼の魔法レベルは最大でも2であるとの話です。ゼンフィス卿が嘘の申告をする理由がありません。仮にそうだとしても、極端に低い値にするのは不自然すぎます」
「いいやワタシは信じないね。測定結果は真実だろうさ。けれど、『ミージャの水晶』が必ず正しいとなぜ言えるのかな? 作成技術の消えた遺物を妄信することこそ世の理から目を逸らす、魔法研究者にあってはならない忌むべき行為だよ」
「それは博士がひねくれ者というだけの話では……」
「だまらっしゃい! 水晶の件だけではないよ。彼の魔法知識は……うん、基礎理論すらお粗末なのは見なかったことにして、結界魔法の解釈が秀逸だ! これ、これだよ。ワタシが古代魔法の研究で提唱した新解釈に極めて近い!」
「それ、学会から総スカンを食らっていますよね?」
「だまらっしゃい! とにかく、彼はワタシが引き受ける。こんな面白い少年を、他の教授連中に渡してなるものか。最近はよからぬ輩も出入りして――と、これは学生に聞かせるべきではないか。さてポルコス君!」
ちびっ子教授はずびしっと汗かきおじさんに指を突き出した。
「いいね、本件は他言無用だ。試験を実施した事実自体も隠蔽してくれたまえ」
「端から博士がこっそり独断でやったことじゃないですか……。誰も知りませんよ」
「というわけでハルト君、ワタシの研究室に来ないか? うん、来なさいよ。学院唯一の古代魔法専門の研究室だ。きっと満足いく五年間をキミに提供すると約束しよう」
期待に満ち溢れた瞳だ。
俺が返す言葉はただひとつ。
「嫌です」
ぴしり、とちびっ子教授が固まる音が聞こえた気がした――。




