初の脱落者
パープルをどうにか撤退させた。
虚空を睨み据えてのち、グリーンは膝から崩れ落ちる。
〝白〟の魔法少女――ヴィーイは駆け寄って肩を貸した。
「わ、悪い……」
「いえ、貴方の踏ん張りがなければ自分こそやられていました。ありがとうございます」
「僕はほとんど手も足も出なかったけどな」
グリーンは立ち上がり、よろけながらも気丈にヴィーイの肩から離れた。
「……さほどダメージはなさそうですね。武器による攻撃でなかったとはいえ、あの勢いならば内臓がつぶされていても不思議ではありません」
「ん? ああ、たぶんこの衣装だろうな。特殊な術式で着てる奴を守ってるんだよ、きっと。ただそれじゃあ儀式がつまらなくなるだろうから、本来食らうダメージに応じて動きが制限されるんだと思う」
グリーンはもともと頑丈なのと、どうやらパープルが手加減してしまったから反撃できるほどには動けた、と彼は自己分析した。
(なるほど、勝利条件が『他の魔法少女の持つ宝石を壊すこと』なんて回りくどいのは、そもそも魔法少女を倒せないような制約が儀式中枢で課せられているからなのですね)
理由はさておき、さらに言えば事前説明なしなのも横に置き、人を殺めるほどの力を完全に防ぐほどの防御を、しかも儀式の間中、張り続けるのにどれほどの魔力が必要なのか。
(考えたくもないですね……)
首を左右に振る中、グリーンが聖剣を虚空に収める様を見る。
(収納魔法、ですか。それだけでも驚異なのに、それぞれの魔法少女に別の術式として与えられているとは。やはりこの大魔法儀式は本物ですね)
ヴィーイは努めて表情を消しつつも、内心では歪に笑っていた。
「にしても紫のヤロウ、僕の特殊能力と似て、瞬間的に力を増幅させるものみたいだな。僕のとは増やせる幅が段違いみたいだし、そのせいで発動時間は短め、なのか?」
だから早々に撤退したのだとグリーンは推測したようだ。
(特殊能力……まあ、自分たち〝神〟の個別特性という意味では、そうでしょうね)
ヴィーイは真剣な表情のまま無言を貫く。
(〝神殺し〟の特性は【暴走】。といっても理性は残しつつ魔法力を数倍に高める厄介なシロモノです。アレのおかげで神々の多くが殺されましたからね。短い間しか使えないのはグリーンの推測通り。ゆえにこそ必殺必倒の場面でしか使わない)
その意味で、撃退したのは十分すぎる戦果だ。
(自らも三主神のひと柱でありながら、神々を滅ぼさんと暴れ回った裏切りの〝神殺し〟め。この儀式で必ずや報いを受けさせてやります)
だが神々を殺し尽くした戦闘センスは衰えていないだろう。
グリーンを見る。
疲れ切った表情ながら、悔しさの中にも希望の光を瞳に宿していた。
(コレを使って他陣営の手の内を暴き、自分は儀式の中枢へ干渉するルートを探ることに注力するつもりでしたが……)
たった今、成果はあった。しかも相手は予想外に参戦していた〝神殺し〟だ。
今現在の彼女の力――魔法少女に変身した際のパワーアップ分を考慮しても、十分に対抗できるほどだと感じた。もちろん彼女の特性【暴走】は警戒に値するものの、その効果時間はかつてに比べて極端に短い。
自分同様、全盛期の権能の多くを失っているがゆえだろう。
(けれどこの儀式で鍵となる、〝神殺し〟が持つ魔法少女の特殊能力は明らかにできませんでした)
こちらの手の内も晒していないので五分五分ではあるものの、〝神殺し〟が相手なら優位に立てる条件は多いに越したことはない。
(それに〝神殺し〟に他の神の存在が知られてしまいました)
今回仕留められなかったことで、かつての権能を一部でも取り戻してまた襲ってくるかもしれない。
すくなくとも儀式は後回しにしてこちらの排除を進めるに違いないのだ。
彼女はただ『〝神〟を殺すモノ』。それは欲望や願いといった感情的なモノではなく、純然たる『機能』だ。
彼女自身がやりたくなくても、そう在らねばならない『呪い』だった。
(儀式に参加している間は衣装に護られているようですけれど……)
果たして〝神殺し〟の権能を防ぎきれるものなのか。
(自分の特殊能力ならば、なんとかなりそうですが……)
ヴィーイに与えられた魔法少女としての特殊能力は極めて有用であるものの、その内容から気軽に試せるものではなかった。
そもそも他者が用意した儀式内の異質な魔法だ。どうにも信用しきれない。
(いずれにせよ宝石を破壊されて儀式から退場したとたん、衣装の効果が切れればこの身が危うくなりますね)
〝神殺し〟の行動は確定した。権能を取り戻すかどうかにかかわらず、こちらを儀式から退場させてから抹殺する。それを最優先にするはずだ。ならばこちらも、
(優先度を変えるべきですね)
早期に儀式中枢へとアクセスし、自身に有利となるよう干渉する。今のところ手探りどころか手詰まりに近い状態だ。
忌々しいが、〝神殺し〟への対応が急務だろう。
しかし自身は三主神の中でもっとも弱いとの自覚がある。一対一ならルシファイラにも劣るのだ。それは自身の〝神〟としての特性が、彼らに通用しないことを意味していた。
けれど――。
(自分の特性はこの儀式でこそ輝ける。そのためにもまず、儀式上の特殊能力を含めて正確に効果を把握する必要がありますね)
ならば、とヴィーイはグリーンに歩み寄る。
「グリーン、今も特殊能力は発動していますか?」
「ん? いや、パープルがいなくなってしばらくは警戒してたけど、さすがに必要ないから解除してるぜ」
にかっと笑うグリーンの懐に飛びこむ。彼のみぞおちに肩をぴったりとくっつけた。
「ぇ?」
何が始まったのか理解が追いつかないようで、グリーンは容易く弾き飛ばされた。
追撃に白い魔弾を浴びせる。上に放ってから急降下させ、グリーンを地面に叩きつけた。
「ぐはっ! く、なんだ? ここ……」
先ほど〝神殺し〟が穿った地面の大穴。そこに落ちたグリーンが起き上がろうとするも。
「では検証といきましょうか。大穴よ――」
ヴィーイがその特殊能力名を告げると。
「な、なんだうわぷっ――」
逃れる間がなかった。
当然だ。なにせ瞬時に、落ちてきたグリーンを丸ごと飲みこんで、大穴が元の通りに塞がったのだから。
もこっと地面が隆起する。
「ぶはっ! くそ、いったい何がどうなって――っ!?」
上半身だけ出てきたところを肉薄し、片腕を取って極める。
ヴィーイの目の前に、緑色の宝石が輝いていた。
「テメエ! 裏切るってのかよ!」
「裏切る? それは違いますよ。初めから利用するつもりでしたから。この場合は『想定より早く切り捨てる』という表現が適切ですね」
逃れようとする腕をさらに締め上げる。
「もっとも利用するのは変わりません。最後にもうひと働きしてもらいますよ」
ヴィーイは頭上に小さな魔法陣を描く。
ビュン、と白い魔弾が放たれた。
パリンと乾いた音が弾け、実にあっさりと緑の宝石が砕ける。
ビュン。再びの白い魔弾。
パリンとまたも乾いた音が弾け、緑の宝石は完全に消え去った――。




