〝金〟にはバレてもまあええか
精神的にそこそこ疲れた俺たちは、だらだらすべく湖畔のログハウスへやってきた。
「いやだから、ボクはもとよりキミこそ休憩なんて必要ないだろう? どうしてキミはいつもいつも怠け――っ!?」
ぐちぐち文句を言いながら付いてきたイリスがハッとして口をつぐむ。
「あらハルト、おかえりなさい」
リビングのソファーには先客がいた。
もう一人、部屋の隅っこに立っているがそっちはいいか。
「なんでお前がここにいるんだよ?」
「アニメを見ながら『魔法少女戦争(仮)』の初戦を観戦していたの。というか、カッコ仮はもう外していいんじゃない? 正式に始まったのだし」
元から意味なんてない。実際のアニメタイトルだからそれと区別しているに過ぎないのだ。
というわけで無視して話題を変える俺。
「意外だったな。初っ端から暴れまくるのはむしろお前だと思ってたぞ」
「わたしもそうしたかったのだけど、反対されちゃった。サポーターの頭が固くて困るわ」
言いつつコロコロ笑う様からは、あんまり困ったように見えない。
「それよりハルト、あのクマさんってもしかしてあなたなの?」
どきりとしたが動揺を表に出す俺ではない。
俺の首にはサポーターの証たる青いチョーカーが嵌められているが、イリスと俺以外は認識できないようにしてあるのだ。
「違うが?」
「ふうん。でもイリスと一緒にここへ来たってことは、ハルトはイリスのサポーターで合っているわよね?」
「違うが?」
「あなたはシャルのサポーターになると思っていたわ。ま、事情は訊かないけれどね」
だから違うって言ってるのにもう!
内心で憤慨する俺の肩に、イリスがぽんと手を乗せた。
「ハルト、この期に及んで彼女にごまかしは無意味だよ」
それはそう。けどなんか悔しいじゃん?
「あ、わかったぞお前、俺たちと同盟――」「ないわね」
被せての否定とかないわー。失礼なやっちゃなー。
「ごめんなさい、気を悪くさせてしまったみたいね。わたしはただ、この儀式を楽しみたいだけなの。いろいろ知っていそうなあなたと早々に同盟を組んでしまったら、情報を取りすぎて面白みが半減してしまいそうだもの」
たとえば、とユリヤは微笑んで言う。
「〝黒〟の魔法少女の正体を、あなたは知っているのでしょう?」
「……なんでそう思うんだ?」
「〝黒〟の魔法少女があなたを攻撃したとき、結果的に〝緑〟を倒すチャンスだったのに、あなたはわざわざ姿を現して何かしら語りかけた。それって〝黒〟の子が気になっての行動だったんじゃないかなって。あなたは見ず知らずの人にそんな配慮は示さないはずだもの」
うーん、俺自身はなんとなくだったんだけど、『気になっての行動』と言われたらそのとおりだと思えてきた。
「それはそれとして、ね。〝緑〟の正体について考察しない?」
切り替え早いな。
にっこにこで提案されたら思わず首を縦に振りそうになったがぐっと耐える。
「同盟も組んでないのにそういうのはいいのか?」
「だってあの〝緑〟、早く倒してしまいたいじゃない」
びっくりするくらい冷たい表情になったぞ。
ふだんから笑みを絶やさない奴がやると破壊力がパない。
「俺としても全力で同意するところなんだが、いちおう理由を聞いていいか?」
「アレは魔法少女なんかじゃないわ。最大の侮辱だと思う」
「お、おう……」
言わんとするところはわかる。俺もアレを魔法『少女』とは呼びたくない。俺との温度差はすさまじいが。
ただ考察、と言われましてもねえ。
俺はちらりと横を見る。
並んで立っていたイリスは俺と目が合うと、こくりとうなずいた。
「ボクはもう彼の正体に気づいているよ」
「そうなの? だったら〝黒〟と同じか。教えてもらうわけにはいかないわね」
残念、と言いつつも、ユリヤはちっとも残念そうじゃない笑みで立ち上がる。
「ハルトたちとの情報戦は完敗ね。ならわたしは〝紫〟と〝白〟の動向でも探ろうかしら」
「なんか当てはあるのか?」
「いちおう、ね。さっきの戦いの場にどちらのサポーターも姿を現していたわ。これから痕跡を追ってみるわね」
片方は雪だるまだったな。あれは怪しすぎる。
「けどもう一方はなんだ?」
「あら? もしかしてわたし、試されてる?」
くすくすと嬉しそうなユリヤは、人差し指を上へと向けた。
「ハルトも見ていたじゃない。こっちをね」
「鷹だかトンビだかの、あれか」
なんとなくそうかなって気はしたが、こいつが言うなら確定ってことでいいかな。
鷹よ、とユリヤはぱちりと俺にウインクを投げて、颯爽と『どこまでもドア』を通じて出ていく。
その後を無言でついていく弟君。
だからその先は俺の部屋なんだが? 正確には俺のコピーアンドロイド、ハルトCのだけどさ。ま、静かになったからいいか。
「んじゃ、寝るかね」
俺がログハウスの自室へ向かおうとしたら。
「作戦会議をするのだったろう!?」
我がパートナーにぐっと肩をつかまれた。
今日はもうよくね? と目で訴えるも、無理やりソファーに座らされるのだった――。




