円卓会議
湖畔のログハウスからすこし離れた水辺に、屋根付きの広い休憩所がある。
中には大きな丸テーブルが置かれていて、シャルロッテは〝騎士〟たちを前にして高らかに声を上げた。
「本日はお日柄もよく、お忙しい中集まってくれまして感謝感激です。お仕事中の方は本当にごめんなさい」
ぺこりとシャルロッテが頭を下げると、犬耳メイドが片手を挙げた。
「円卓会議だ。誰にも文句は言わせない。かくいう私も掃除の手を止めてきた口だが、後々ゴルドめが何か言ってくれば『シャルロッテと遊んでやっていた』と誤魔化せばよい」
「はぅ、それは困ります。父上さまはわたくしに甘々ちゃんですけど、ここぞというときはとても怖いのです。それにわたくし、『フレイに用事を押しつけられた』と言い訳してきたのです」
「なぜ私を利用するのか!?」
「だって円卓会議は秘密の会合。正直には言えません」
「それはわかるけれども!」
二人のやり取りをぼけーっと眺めている青髪竜娘リザの横には、
「はっはっは、お二人は仲がよろしいですな。しかしシャルロッテ様、円卓会議規則第七条『私語は慎む』に抵触しましょう。そろそろ本日の議題に入るべきかと」
カチカチと歯を鳴らす、物腰柔らかな骸骨兵がいた。
彼の名はジョニー。ハルトが適当に付けた。
シャルロッテの抹殺を企む召喚士たちが召喚したナイト・スケルトンの軍団長である。
召喚獣は召喚魔法陣が消えるとその存在を維持できなくなり塵と化すが、彼らは今も生きてハルトに仕えている。ハルトが魔法陣に打ちこんだ杭状結界の影響だ。
彼らは声帯がなく呼吸もしないので本来はしゃべれないのだが、ハルトが声を出す結界を口に仕込み、こうして言語によるコミュニケーションが行えるようになった。
「おっと失礼しました。皆さま、準備はよろしいですか?」
シャルロッテはぐるりと円卓を見回したのち、ひょいと休憩所の外にも顔を出した。
巨大な石人が、体育座りしている。
彼の名は『ギガン』。これまたハルトが適当に名付けたギガント・ゴーレムだ。彼も言葉を話せるようにしてもらっているが、寡黙なのでほとんどしゃべらない。
シャルロッテはこほんと咳払いをひとつ。
「兄上さまが、来週にも王都へ旅立たれるそうです。なんでも、王都の魔法学校へ通うのだとか」
「なに!? 初耳だぞ!」
「わたくしも今日、聞きました。このタイミングには意味があるのでしょう。たとえば未熟なわたくしが動揺し、引き止め工作にうつつをぬかさないように、とか」
「不甲斐ないのは我らも同じ」フレイが目頭を押さえる。
「我らのためにお心を砕かれるとは……」とジョニー。
「ご主人様、やさしい」ギガンがしゃべった。
「さて、ここからが本題です」
シャルロッテがきりりと言う。
「兄上さまほどの魔法の使い手が、今さら学校で学ぶ必要があるでしょうか? いえ、ないです」
「完全同意だ。詳しくは話せないが、ハルト様が人ごときに学ぶことなどない」
「あっ、なんですかその『自分だけが知ってる』みたいな発言。えっ、もしかしてリザやジョニーも知ってるんですか? 魔族シークレット? おーしーえーてーくーだーさーいぃ!」
「ええい、尻尾を狙って飛びつくな! たとえ円卓メンバーであろうと、人には語れぬ魔族の事情というものがある」
「うぅ……兄上さまの秘密、知りたいです……」
「くっ、ダメだぞ、目をうるうるさせてもダメだからな?」
陥落寸前のフレイを見かねてか、カチカチと歯が鳴った。
「シャルロッテ様、貴女は我が君のご寵愛を一身に受けておられるお方。我らからすれば同胞……いえ、それ以上のお立場です。ただ問題は非常にデリケートでありますので、今はご勘弁いただきたい」
「ちょ、寵愛って、そんな……えへへ♪」
「ご納得いただいたところで、円卓会議の続きとまいりましょう」
「そ、そうですね。ごめんなさいです」
こほんとシャルロッテは咳をして仕切り直す。
「父上さまのお話では、兄上さまが学校に通うのは国王さまの推薦であるとか。断れない事情はあります。でも、兄上さまがわざわざ出向かれるのなら、きっと何かしらお考えあってのことでは?」
なるほど、とジョニーが得心したとばかりに言う。
「我が君が御自ら対処せねばならない〝何か〟がある、と」
「それです!」
シャルロッテはずびしっとジョニーを指差した。
「学校とは、とても恐ろしく危険なところだと兄上さまはおっしゃっていました」
「なんだと!?」
「我が君が……?」
ざわつく二人。リザは記録係なのでせっせとみなの言葉を書き記している。
「もちろん兄上さまに恐いものなんてあるはずないです。ではいったい何が、兄上さまにそう言わしめるのでしょう? わたくし、〝あにめ〟で勉強しました」
「あにめ、とはなんでしょうか?」とジョニー。
「異界の『ぬるぬる動いてすらすらしゃべる絵物語』です。それによると、学校には裏生徒会なる秘密組織が暗躍し、将来有望な若人たちを悪の道へ引きずりこもうと企むのです。邪魔をする人には魔法バトルを仕掛け、外部から強力な助っ人を呼んだりします。悪い人たちです」
聞き入るみなを一度ぐるりと見渡して、シャルロッテは真剣な瞳で告げた。
「そして、裏生徒会を操っているのは国家を揺るがす悪の巨大組織なのです!」
おおっ、とみながどよめく。
フレイが挙手をして言った。
「ハルト様が直接かかわる事態だ。あり得るな。いや、間違いない!」
しかし、と今度はジョニー。
「我らに何ができるでしょうか? 我が君をサポートしようにも、王都で魔族が動き回るのは難しい。特に自分やギガンは見た目が明らかですから」
応じたのはシャルロッテ。
「わたくしたちは兄上さまの邪魔にならないよう、陰になり活動しなくちゃですね。となると、必要なのはやっぱり情報です。わたくしが中心となって王都に潜入し、悪の巨大組織の秘密を明らかにするのです」
「だが、辺境と王都は距離がある。何日もシャルロッテが不在だとゴルドたちも慌てよう」
「きっと兄上さまは『どこまでもドア』を設置するはず。拠点はあくまでこちらですから。で、ジョニーたちはここ〝逢魔の庭園〟をより発展させることをがんばってほしいです」
「承りました。正直なところ、今の我らはその仕事で手一杯です。フレイ様がそこらから野良魔族を拾って――げふんげふん、保護されてきましたから、彼らの住居の増築などにかかりきりでして」
「手狭になってきましたね。兄上さまにお願いして、境界を広げてもらいましょう」
トントン拍子に話は進む。
具体策は今後煮詰めるとして、会議が終わりかけたとき。
「ちょっと、いい?」
これまで記録係に徹していたリザが手を挙げた。
「ハルト様に、相談しなくていいの?」
「兄上さまに気をもませるわけにはいかないです」
「いちいち指示を仰いでいてはハルト様の負担になろう」
「畏れ多いことですが、我が君の内心を慮るのも臣下の務め」
「ぐぅ……」(ギガンは寝ている)
「いいの、かな……?」
会議が終了しても胸の内にもやもやを抱えたリザは――。
☆☆☆☆☆
「――という話を、昼間にみんなでした」
夜更けに俺の自室を訪ねてきたリザに何事かと心配したが、なるほど、円卓会議ってそういう……。
俺はパジャマ姿で立ち上がり、彼女の両肩をがっとつかんだ。
「お前ほんと有能だな!」
「えっ、え?」
いやまあ、『報告しなくていいよ』という命令を忠実に守っていた某犬耳メイドを責めるつもりはないのだけど、こういう柔軟思考な部下がいるとすごく助かるという話。
「ま、いいんだよ。大事にならなきゃ何やってもさ。でも今回は、ちょっとなー」
シャルだけならまだしも、フレイやリザが王都でこそこそして魔族だとバレたら大騒ぎになる。
でも俺が監視できる範囲でなら、そういう遊びにも付き合ってやれるのだ。
「やっぱり、ハルト様は悪の巨大組織と対決を?」
「えっ」
「え?」
あれぇ? 唯一まともだと思っていたリザまでシャルの話を真に受けてんの?
ないない。
学園にはびこる裏生徒会とか、そいつらを牛耳る秘密結社とか、んなもんがそこらにあったら大変だよ。
でもこの子、根が真面目っぽいから仕方ないのかもしれんが……。
「ああ、そうね。悪の巨大組織。まだ情報はあまりつかめていないけどな。今回の相手は今まで以上に注意が必要だと考えている」
下手に『シャルの妄想に付き合ってあげて』と言おうものならこの子、みんなを騙すことに苦悩するかもしれない。
「そ、そうなんだ……ごくり」
「リザはシャルたちが暴走しないよう、注意してやってくれ」
ま、俺もちゃんと監視しとくけどね。シャルたちが王都でうろちょろしてても、問題は未然に防ごう。
「わかった。がんばる」
とりま俺はなる早で学校を退学して、『お前たちが連中の注意を引いてくれたおかげで俺が自由に動けた。ので、事件は解決だ!』とか言えばすべて丸く収まるな。うん。
お子様の遊びに付き合うのも大変だよ。
俺はやれやれと肩を竦め、その日は寝た。すぴー。




