〝黒〟の脅威
「だから早いってばーっ!」
ティアリエッタは研究棟の一室で通信用結界に向かって叫んだ。
その姿は丸っこくて愛らしい、ぬいぐるみじみた二足歩行のタヌキだ。
「グリーンが倒されたら背後からブルーを無言で襲いなさい、って言ったでしょ」
通信用結界は音声のやり取りもできるがそれは使わず、〝黒〟の魔法少女の脳内に直接語りかける。
魔法少女ブラックことメルは画面の向こうで小首をかしげた。
その姿はふだんの幼いものとは異なり十代半ばの黒ギャル風に成長している。長くなった髪を左右で束ねたツインテール。褐色肌に黒を基調としたフリフリ衣装がよく似合っていた。
『それだと二人といっしょに遊べなくなっちゃう』
「そもそも遊ぶんじゃなくて……いや、これ以上は言っても仕方がないか。うん、それじゃあ二人と仲良く遊んでおあげ」
メルの性格上、やることに制限を課すと動きや判断が鈍ってしまう。
状況が変化したのならその都度、彼女の力が最大限発揮できるよう、自分は振舞うべきだ。
(なにせメル君の特殊能力は、この儀式でなら最強クラスだしね)
相手を行動不能にさせるまでもなく、隙をみてブレスレットの宝石を砕けばいいのなら難易度はぐっと下がる。すでに激戦を繰り広げて疲労の色が濃い二人の魔法少女が相手なら、同時に撃破することも難しくないはず。
「ひとまずグリーンに狙いを絞ろう。妙ちくりんな特殊能力だけど、制限時間があるなら次に発動できるまでのインターバルタイムもあるはずだ」
グリーンに襲いかかればブルーも手を貸してくれる公算が大きい。すくなくとも静観するか離脱するかであり、メルに攻撃するとは考えにくかった。
(とはいえブルーの出方は注視しないとね。変な動きをするようならすぐ指示を出して――)
などとブルーに注目していたら。
『こいつはありがてえ。手を貸してくれんなら、いいぜ。いっしょに遊ぼうじゃねえか』
グリーンが変なことを言いだした。
『うん、遊ぶ!』
『くっ……。なるほど、キミたちは最初から……』
ブルーが大型武器を構える。右腕の台座に杭を固定し、いつでも放てる態勢に入った。
どうやら意図せずグリーンと共闘してブルーを倒す流れになったらしい。
(予想外だけどある意味ラッキーかな。〝青〟の魔法少女って武器を見る限りイリス君で間違いないし、『相手の動きを封じる特殊能力』は脅威だし)
果たしてそれがイリスの特殊能力の真なる姿なのかは断定できないものの、ここで退場してもらえるなら確認する意味もない。
「よし、メル君。まずは魔法少女ブルーと思いっきり遊んでおあげ」
『うん、わかった♪』
メルは赤い瞳をらんらんと輝かせると、虚空に片手を突っこんだ。
謎時空から引き抜いたのは巨大な得物――漆黒の大鎌だ。
死神が命を刈り取るがごとき禍々しさを醸すそれは、細身の少女が持つには大きすぎる。
しかしメルは大鎌を軽々とひと振りするや、
『なっ!?』
『消えたぁ!?』
その姿が、霞に溶けて完全に消失した――。




