全枠確定!(なのか?)
刻は満ちた。
ついに〝聖なる器〟はその所有者たる資格を持つ者七名を、選定したのだ。
「そんな予感がしますのにわたくしときたらまだサポーターが見つかっていません!」
辺境伯領の外れにある湖畔のほとりで、愛らしい絶叫がこだました。直後、
――七名の参加者が確定しました。『魔法少女戦争(仮)』を開始します。
「頭の中に直接お知らせがっ!?」
シャルロッテの予感から遅れたものの、すべての参加者――魔法少女たちに儀式の開始が告げられた。
どうやら魔法少女さえ決まってしまえば、サポーターがいなくても儀式は始まってしまうらしい。
「早く……早くサポーターを見つけませんと……」
なにせサポーターがいなければ自身の特殊能力が知り得ない。
可及的速やかに人選を急がなければ。
むろんシャルロッテもこれまでまったく動いていなかったわけではなかった。
候補者を見繕い、お願いはしてきたのだ。
しかし――。
真っ先に候補に挙がったリザは、サポーターが小動物化してしまうのに難色を示して受け入れてもらえなかった。
ならば、とフレイに相談したところ。
『はっはっは! いいだろう。他ならぬシャルロッテの頼みとあらばな! ふふふ、戦争か。腕が鳴る。私の炎ですべて焼き尽くして――ん? サポーターは戦わなくていい? そうか、戦わなくていいのか。ほほう、基本は見ているだけで、必要に応じて貴様になんらかのサポートをすればいい、と…………え、ふつうに嫌だが?』
仲間が戦っているのを直接援護できない、その一点をもって拒否された。
「まあ、フレイの性格上、それは納得ですね」
頭を切り替え、今度はティアリエッタに打診するも。
『ごめんねえ、ワタシちょっと忙しくなるからさ。メル君の面倒も見なくちゃだし』
ノリノリで受けてくれると思われたのに軽い口調で断られた。
もとより研究で忙しい人だ。もしかしたらハルトを手助けして『魔法少女戦争(仮)』の運営そのものに関与するのかもしれない。
(その意味で、兄上さまにもお願いはできませんし……)
親戚であるマリアンヌやライアスは、このところ学院で見かけていない。どのみち王族は公務で忙しいかもしれないので、お気軽なお願いは躊躇われた。
すこし心を落ち着かせようと、しばらくは学生生活を満喫していた。
しかし日が経つにつれ焦りまくる。
(だ、誰か、誰かいませんか……?)
自身の交友関係を思い描くうち、ハタと気づく。
(わたくしもしかして、お友だちが、少ない……?)
同じクラスで話をしたり勉強を教えたりする人はいる。
が、授業が終わればすぐ家に帰ってアニメを見たりマンガを読んだりゲームをしたり。
(じ、自業自得すぎますぅ……)
唯一、帰宅後も遊ぶようになった帝国からの留学生ユリヤ・マルティエナはすでに〝金〟の魔法少女として選ばれている。
いない。
誰もいない。
さすがに誰でもいいはずはなく、せめて魔法少女活動でなんらかのかかわりのある人はいないものか、と。
「そう考えてお声をかけさせていただきました」
ふらふらと校内を歩いていたら、ベンチに腰掛ける見知った人に遭遇した。
「待って。さっぱり事情は呑みこめないけどだからこそ今なら関わらなくて済む気がするからそれ以上はやめてちょうだい」
早口で制したのは淫靡な香りがぷんぷんの最上級生、ザーラ・イェッセルだ。
すでに卒業に必要な単位は取得済みで学院に用はないはずだが、ときどきふらりと学内に現れては「アレクセイさんとお約束でも?」
「どうしてここでアレクの名前が出てくるのかわからないけどたまたま偶然会う可能性はあるかもだから私はここで失礼するわね」
すっと立ち上がってすささささぁーっと足早にシャルロッテから離れかけ、くるっと回ってずずずいっと近寄ると、
「ところで今の話をアレクにもするんじゃないでしょうね?悪いけど彼は貴女たち兄妹とは関わりたくないみたいだから変なことに捲きこまないでね理解したかしら?」
言いたいことをまくし立てて逃げるように去っていった。
(そうですか、アレクセイさんも誘ってはダメなのですね)
ここに至り、八方塞がり万事休す。
回想を終えたシャルロッテは現実に引き戻された――。
一度大きく深呼吸。落ち着きをわずかに取り戻す。
(ここは兄上さまに倣いましょう)
困ったときは、そう――。
「助けてくださいティア教授!」
ティアリエッタの研究室に(物理的に)飛びこんだ。
「いらっしゃい。儀式が開始したてでのその慌て様からすると、サポーターが見つからなくて困っているのかな?」
「みなまで言わずともご理解いただけて嬉しいです。わたくしの知り得る限りの方々にお願いしてみましたけどダメでした」
いちおう誰々だと伝えてみる。
「わりと少ないね」
うっ、となだらかな胸を押さえるシャルロッテ。
「ま、キミの立場でお気軽に誘える人が多いのもまた問題だよ」
苦笑するティアリエッタはこほんとひとつ咳払い。
「ともあれ、今の中でキミ、真っ先に頼るべき相手にちゃんとお願いしていないじゃないか」
はて誰だろう? と小首を傾げるも、すぐにピンときた。たしかに自分は遠慮してしまい、きちんと話をしていなかった。
その人物の名を告げようとするも、ティアリエッタのつぶやきに遮られる。
「儀式の運営なんて、彼なら片手間でやれちゃうからね。もう帝国とのごたごたは終わっているし、今は暇しているんじゃないかな」
「帝国とのごたごた、ですか?」
「そ、パンデモニウムのみんなと一緒に………………ぁ」
途中から汗をだらだらかき始めたティアリエッタは、
「ごめん、今の話は忘れてくれないカナ……?」
どういうわけかガタガタ震えている。
「わかりました。パンデモニウムのみなさんに直接訊いて――」
「忘れてって言ったじゃん!」
「涙目でお願いされますとそうしたくありますけど、兄上さまのシークレット情報はどうしても知りたくなるのが妹という生き物なのです!」
双方、一歩も退かない攻防が続いたものの、
「わ、わかったよ。ワタシの負けだ。でも約束してほしい、ハルト君にはワタシが話したとはけして知られないようにホントお願いします」
根負けしたティアリエッタから伝えられた話に興奮が抑えられなかった。自分に内緒にしていた理由も納得できる。
まさか戦争なんていう国家の危機に人知れず、誰も傷つけることなく颯爽と問題を解決していたとは。
「さすがは兄上さまですね!」
「うん、そうだね。だからホント誰にも言わないで……」
涙目のティアリエッタに感謝の言葉を伝えてから、シャルロッテは感慨に耽る。
やはり兄ハルトは人魔が仲良く暮らす優しい世界を目指していたのだ。
翻って自分は、兄の役に立っているだろうか?
ハルトの夢は自分の夢。
もっともっと、兄の夢を手助けするために――。
(『魔法少女戦争(仮)』の勝利を捧げます!)
人魔だけではない、すべての人が仲良く暮らせる世界のためにも。
決意を新たにしたシャルロッテはハタと現実に引き戻される。
けっきょくサポーターの問題は片付かないままだ。
がっくりと肩を落とすシャルロッテの耳に、「あ、いた」幼いころから馴染みのある声が届いた。
「リザ? どうかしましたか?」
メイド服姿で角と尻尾を隠した小さな従者はティアリエッタを一瞥したのち、静かに言う。
「シャルロッテ様、サポーターは見つかった?」
「うぐっ……、いえ、それがまだ……」
しゅんと俯くと、リザは大きくため息を吐き出した。
「なら、わたしがやる」
驚いて顔を上げた。どうして? との思いが伝わったのだろう。
リザは優しく微笑んだ。
「べつに本気で嫌ってわけじゃなく、ドラゴン(ほんらい)の姿以外になるのは気が乗らないって程度。必要があれば今みたいに人の姿にだってなる。それよりシャルロッテ様が困っているのに、何もできないのは嫌だ」
瞳を潤ませるシャルロッテは、
「よろしくお願いしますね、リザ!」
青髪の友人の胸に飛びこむのだった――。
――となればさっそく。
「変身してみましょう。あ、これチョーカーです」
「ぇ? は? ちょ」
困惑するリザに笑みを投げ、シャルロッテはブレスレットを装着。ピンクの光粒が部屋に充満し、やがて愛らしい魔法少女が姿を現す。
そして彼女の目の前には、
「はうわぁ! 可愛いですぅ……」
ちょこんと佇む小さきモノ。首にはピンクのチョーカーが巻かれている。
「むぅ、本当に小さくなるんだ……」
不満そうな彼女に、ティアリエッタも感心する。
「いやホント、ずいぶん可愛らしいネコちゃんだねえ。それに引き替えワタシときたら……」
最後にこぼしたつぶやきが示すとおり、リザはリアルなネコの姿になっていた。
しなやかで上品な肢体。青っぽい体毛が艶やかで、長い尻尾を揺らめかせている。
「ロシアンブルー、という種類でしょうか。ネットで見た記憶があります。本当に可愛いですね!」
賞賛にも、姿見に自身を映してジト目になるネコちゃんはしかし、
「まあ、シャルロッテ様が喜んでるならいいか」
ため息を吐き出しつつも、わずかに笑みを浮かべるのだった――。
【現在の儀式参加者】 ※()内は宝石の色
[魔法少女] |[サポーター]
・シャルロッテ(ピンク) | リザ
・メル(黒) | ティアリエッタ
・ユリヤ(金) | ウラニス
・テレジア(紫) | アレクセイ
・ライアス(緑) | マリアンヌ
・イリスフィリア(青) | ハルト
・ヴィーイ(白) | ヴァジム(帝国皇帝)
全枠確定!!(……?)