魔の軍勢、半端ないってぇ
出鼻は挫いた、と思う。
だが余韻に浸っている暇はない。なにせ相手を殺しちゃうといろいろ面倒なので殺さない程度に痛めつけるというこれまた面倒なミッションがあるのだ。
押しつぶされそうな人たちの負荷をちょっと和らげる。
衝突で折れた腕をぼんやりとくっつける。
相手の被害は広く薄く。
どうにか移動はできるが戦えない、そんな程度の兵士たちを大量に作り上げ、
「野郎ども、やっちまえ!」
俺が高らかに命じると、
「「「「「ウォーーーーッ!!」」」」」
どこからともなく魔物の皆さんが突撃開始。
そこかしこに『どこまでもドア』がたくさん現れて、開いた先は逢魔の楽園。
腕を鳴らして待っていた皆さん、面構えが違いますねえ。
言うて数は圧倒的にこっちが負けてるからな。
この奇襲でちょいと小突いてすぐさま退いて、また混乱させてを繰り返すヒット&アウェイ戦法。俺はみんなの攻撃補佐と退却時の支援がメインになるだろう。
あっちが正気を取り戻すまで続けようと思う。まあ三回が限度だろうけど。
カチカチカチカチッ! スケルトン兵が襲いかかった。
帝国兵は逃げ惑うも、棍棒でぶん殴られて吹っ飛んだり、剣の腹で顔面をはたかれたり、矢で心臓を貫かれたりって待て待て待て。だから殺しちゃダメなんだってば!
慌てて治療する俺。
唐突に地面が揺れた。
ギガンが地面を殴りつけ、こぶしから魔力を流す。
なるほど、後続のピンピンした部隊に向けて大地震を起こして足止めしようってわけか。
メキメキメキメキィッ!
ん? どうやら違うっぽいぞ。
「めっちゃ地割れしてね?」
ギガンからまっすぐ帝国兵が固まる場所へひび割れが走り、大地がこう、左右にゴゴゴゴって広がっていますねえ。
そこに落っこちる帝国兵のみなさん。あー、いけません、ギガンさんいけませんよ約束は守ろうね!
またしても死んじゃわないよう後始末をする俺。
奈落の底へ落っこちる前に網状の結界を張って受け止め、地割れが元に戻ってぺっちゃんこになる前に急いで引き上げたり、地割れ魔法の衝撃波みたいなので吹っ飛ばされた兵士たちのケアをしたり。
まあこのくらいはね、俺一人でなんとか回していけるわけですが。
『ふはははははっ! 燃えろ、燃えて消し炭と成り果てろ!』
烈火があちこち飛び火しとる。
赤髪のメイドさん、の姿ではない。ギガン以上に存在感のある、大きくて真っ赤な狼さんが嬉々として、炎の球体を口から吐き出していた。
帝国兵さん、めっちゃびびっとるがな。それはそれでいいんだけど、いやよくはないな。俺の労力が尋常ではない。かんべんしてほしい。
ビュオーーーッ、と。
今度は凍える冷気が吹き荒ぶ。
これまたドでかい青碧のドラゴンが、口から冷気を吐きつつ両翼をバタバタさせて辺りを凍らせていた。
解凍! 死ぬ前に溶かすよ急いで!(俺がね)
てか、帝国軍のみなさんはすでに総崩れでは? 戦況とかよくわからんけど、ぶっちゃけフレイとリザの魔物形態だけで圧勝に見える。
むしろその威力を俺が抑えてるんだが?
お、さすがにイリスはちゃんと約束守ってるな。帝国兵を殺さないよう、接近戦でぶちのめしている。しかし動きが速いな。これもう学生のスピードじゃないだろ。
でもなんで学院指定の運動着なん? 学生服じゃないのはいいとしても、ギリ王国の学生ってバレないかな?
さてさて、俺が脳内シミュレーションで築き上げた『転移魔法でヒット&アウェイうぇーい戦法』はすでに破綻した。いい意味でなんだけど、しょせんは机上の空論だったか。
てか君ら強すぎない? 数だけなら帝国兵はこっちの三十倍くらいいそうなんだが?
そんなこんなで、戦況は我が方が圧倒的優位で進んでいく。
怪我をした兵士たちは、いちおう治療するけど完全には治さない。
あくまで俺たちに『やられた』という演出が必要だからだ。そして反撃されないようにする意図もあった。
「ひ、退け、退けぇっ!」
戦えなければ逃げるしかないよね。
みなさん、来た道を戻るように同じ場所へ向け逃げていく。
「さて、俺もそろそろなんかやらんと来た意味ないしな」
すでに大忙しだが裏方業務すぎてあまりに地味なので、主に妹に自慢できるくらいの派手な成果が欲しいのだ。
俺は空高く舞い上がった。
地面を見下ろすと、帝国兵の皆さんは一点に向かって逃げていく。
この辺りは広々とした盆地内だ。帝国領の奥へ向かうには山道を通らなければならない。そのうちの一本は軍を動かすのに適した大きな街道。彼らが来た道であり、帰りも当然そこへ殺到する。
んじゃ、兵士たちに当たらないよう、ちょいと脅かしておくかね。
片方の手のひらを上に向けた。
そのさらに上、紫電が満ちていく。稲妻を閉じこめた球体に、魔力を流していった。
一瞬、敵も味方も動きが止まった、ように感じた。
静まり返ったように思えたのは、俺がそこそこ集中しているからだろうか?
「なん、だ、アレ、は……」
敵の大将っぽいおじさんがわなわな震えている。彼は最後まで無傷で残しておいた。味方が総崩れなのに一人でぴんぴんしてたら後で怒られるだろうな。
直径二十メートルほど。このくらいでいいかな?
半透明の球体の中では、ピカピカゴロゴロバチバチドッカン、と雷が暴れ回っている。
「ほい」
もっとカッコいい口上やればよかった、と後悔したけどまあいいや。
雷の球体を放り投げた。
目標は違わず、山のふもとにある街道の入り口だ。
いまのところ帝国兵は誰一人、たどり着いていない。だからまあ、ちょっとは派手にやっても大丈夫だよね、と――。
一瞬、あらゆる音が消失した。
聴覚の許容量を超えるほどの、あまりにも巨大な音によってかき消されたらしい。
稲妻が龍のごとく、それが何千もの数、解き放たれた。
風が焼ける。
土が溶けた。
水は失せ、火が散った。
紫電の嵐はあらゆるモノを吹き飛ばし、やがて天へと還っていくと。
「やべ、やりすぎた」
大地に巨大なクレーターができていた。
ひとまず周辺には被害を出さないようにしたはずだけど、大丈夫かなこれ?
心配になった俺は、クレーターのど真ん中に降り立った。
すぐ横に、空から何か降ってくる。ふわりと俺の意図どおりに優しく地面に着地した。
キョトンと小首を傾げる小さきモノ。リスさんだ。きょろきょろしたのち、一目散に森へと走っていく。
どうやら防御結界は機能していたみたいだな。
ホッと胸を撫でおろす。と――
「なんだこれ?」
地面にちょこっとだけ出た、つるりとした何か。
近寄って掘り出してみれば。
……卵?
いや、ラグビーボールじみた大きさと形ではあるが、これアレだ。
「高密度魔力体ってやつか」
超が付くのかはわからないけど、形ではなく雰囲気がそう物語っている。
こういうのってそこらに埋まってるもんなの?
不思議に思うも、もう〝聖なる器〟は作っちゃったし、何に使おうかな?
とりま使えるのかどうか、かるーく魔力でも通してみるか、と試してみたら。
ずびゅーーーんっ!
「うおっ!?」
俺の手から離れて飛んでった。
呆然と飛び去った方向――北西を見つめる俺。
追いかけてもいいんだけど、これからまだやることあるしなあ。
もったいない気がしなくもないけど、俺は後ろ髪を断ち切って上空へと戻るのだった――。