魔法少女的不審者の正体は――
――力を手に入れた。
しかも究極の願望機――どんな願いでも叶えてくれる〝聖なる器〟とやらを手にする権利まで付いている。
その代償に思うところがなくはないが、幸い今のところ問題とはならないようだ。
ならどうするか?
もちろん決まっている。
勝ち残り、自身の願いを叶えるのだ。
自分には罪があった。
直接の犯罪行為でないにしても、見過ごし、先延ばし、取り返しのつかないところまで放置してきたのだ。
だから、償わなければならない。
たとえそれが、自身の罪を積み重ねるとしても――。
マリアンヌはようやくわずかばかりの公務の合間を見つけ、学院へ赴いた。ティアリエッタの研究棟を訪ねたものの空足を踏んだらしい。目的の人物は不在だった。
「そうですか。ハルト君は今、この瞬間にも戦っているのですね」
帝国軍の先遣隊が国境近くまで迫ってきた。それを察知したハルトは王国を救うべく、黒い戦士シヴァとして朝早く出かけたそうだ。
ティアリエッタはソファーの対面でつまらなそうに座っている。
「戦いになっているかどうかは怪しいけどね。で? ハルト君になんの用事かな?」
「実はここ数日、王都で不審な人物が現れているとの報告がありまして」
「不審な人物? それは衛兵の仕事だよ。ハルト君と関係あるの?」
「おっしゃる通り、ただの不審者なら治安当局に任せるところですけれど、その人物の活動内容がどうにも気になってしまいまして。その……黒い戦士というか、どちらかというとシャルロッテちゃんですが、二人の影響を受けている節が見受けられるのです」
「二人の……ああ、正義の味方ってやつ?」
マリアンヌはこくりと頷く。
「しかもシャル君となれば、要するに魔法少女に似せて活動している、って感じかな」
さすがに鋭い、とマリアンヌは話を進める。
「はい、ひらひらの愛らしい衣装を着て、ひったくりや痴漢、果ては違法な魔法薬の取引現場に現れては犯人を捕えて回っています」
「ふむ、実にわかりやすく影響を受けているね。魔神ルシファイラとの戦いが、ハルト君がばら撒いた映像魔法具のおかげで一般に知られちゃった以上、憧れて模倣する誰かは現れても不思議じゃない。むしろようやく一人かってくらい遅かった気がするよ」
「それは、そうかもしれませんけど……」
「なんだか煮えきらないね。ていうか、あれ? でもなんでそれが『不審な人物』なの?」
そう、問題はそこなのだ。
治安当局以外が犯罪者を取り締まる是非は横に置くとして、市民目線で正義を行使している者がどうして不審者扱いされているのか。
「シヴァのように素顔を隠しているわけでもないのに、その人物の特定ができないのです。いえ、おそらく何かしらの方法で隠してはいるのでしょう。素顔を晒しているにもかかわらず誰も顔を覚えていられないのですから」
それでもギリギリ不審者とまでは言えない。
ティアリエッタも同じ思いなのか、訝るような表情で続きを待っていた。
マリアンヌは言い淀みそうになるも、どうにか声を吐き出す。
「その人物は、どうやら男性のようでして……」
「は? 魔法『少女』なのに?」
「フリフリのミニスカートを履いているそうなので、衣装的には魔法少女と呼べなくはありません」
「でも男なんだ」
「しかもかなり体格が良いらしく……」
「なるほどねえ。マッチョでむさい男が魔法少女を名乗って姿まで似せたとなれば、『魔法少女を汚すなクソ野郎』と怒り心頭にもなるよ。うん、これは不審者だ。まごうことなき、ね」
「わ、私はそこまで言っていません。実物を見てもいませんし……」
正直なところ、わざわざ自分に報告が届く事案かと疑問に感じた。しかし国王が不在である現状、些細な異変にも王宮は神経質になっている。
もっとも実害がないどころか治安維持に貢献してくれているなら放っておいてもいい気もするが、マリアンヌ自身どこか心に引っかかるのだ。
「もしかして……」
ティアリエッタのつぶやきに耳をそばだてる。
「うん、やはりそちらの線が濃厚かな。そして聡明な王女殿下が思い至らないとするなら、どうやらまだハルト君から聞いてはいないようだね。帝国とのゴタゴタが始まったから言いそびれたか忘れちゃったか」
「……あの、なんの話でしょうか?」
「実はね、数日前から七人の魔法少女たちが競い合う大魔法儀式が始まっているんだ。正確にはまだ参加者を募っている段階だけどね」
ティアリエッタは続けて大魔法儀式とやらの解説を始めた。順序立てて簡潔に、それでいて要所を押さえているのでわかりやすかったのだが。
「すみません、どこからツッコめばいいのでしょうか……」
「真面目なキミにそこまで言わしめるほどトンチキな話なのはまあ、その通りだよ。残念ながらすでに事は進みまくっている。その不審者は十中八九、儀式の参加者で間違いないね」
ただし変身中はその正体がわからないような処置が施されているため、見ただけでは誰だか知り得ない。
「すくなくとも現時点で判明している参加者の誰でもない。と言ってもワタシ自身、二人しか知らないけど」
おそらくその不審者は、自身の力を試すついでに正義の味方をやっているのだろう。どちらが『ついで』か定かではないけど、とティアリエッタは続けてのち。
「ハルト君はキミも参加者に誘うつもりじゃないかな。帰ってきたら話をしてごらんよ」
そう話を締め括った――。
マリアンヌは離宮の廊下を歩きながら、ティアリエッタとの話を反芻する。
自分も魔法少女になる? シャルロッテのように?
(う、浮いてしまわないでしょうか? シャルロッテちゃんやユリヤさんのような可憐な少女と比べて私は……)
どちらかというと成人女性の部類だ。ふりふりの愛らしい衣装が似合うとは思えなかった。
一方でイリスフィリアのように凛々しくもない。
(いえ、まだハルト君に誘われるとは決まっていませんし)
考えるだけ無駄、と自分に言い聞かせようとするも、仲間はずれは嫌だなあとの思いも浮かんでくる。
(い、いけません。今は国難の只中。責任を放棄して私欲に溺れるなど)
どんな願いも叶う究極の願望機に心惹かれないと言えば嘘になる。それこそ国難を乗り越えるために、追い求める意義はあるだろう。
いや、それはただ『価値』があるという客観視された話ではなく、
――たしかに、一人の少女の切なる願いであったのだ。
――そして同時に、〝彼〟の願いとも重なるものだった。
目的の部屋の前に来て、マリアンヌは思考を切り替えた。
「ライアス、入りますよ」
ノックと同時に扉を開ける。
ハルトのおかげで部屋の外へ出るようにはなったものの、滅多に学院でその姿をみかけないとの報告を受けていた。
今度は自分が弟の支えになりたい。そんな思いで彼と向き合うべく決意を胸に目の当たりにしたのは――。
「変〜〜身っ! スパーク!」
叫びの直後、緑の光が溢れて奔った。
目を閉じてはいけない。マリアンヌは強迫観念にも似た確固たる想いでそのすべてを目に焼きつけた。
光が収まる。
部屋の真ん中で仁王立つ、緑色のひらひら衣装を着た筋骨隆々な不審者一名。
「ライアスあなたは何をぉっ!?」
「うお姉貴か?なんでそこにぃっ!?」
久しぶりに交わした会話はとてもくだらなくて。
「ていうかなんですかこれーっ!?」
目線が異様に下がった彼女は姿見に映る奇妙な生物に思わず叫んだ。
その細首に緑のチョーカーが装着されていたのは後になって気づくほど、自身の変わりように慄き呆れるのだった――。
【現在の儀式参加者】※()内は宝石の色
[魔法少女] |[サポーター]
・シャルロッテ(ピンク) | ??
・メル(黒) | ティアリエッタ
・ユリヤ(金) | ウラニス
・テレジア(紫) | アレクセイ
・ライアス(緑) | マリアンヌ
残り2枠――