母は強し
辺境伯領の外れ、静かな湖畔の周囲に作られた魔物たちの楽園――〝逢魔の庭園〟(シャルロッテ命名)。
ユリヤはログハウスから外に出て、魔物たちの集落にやってきた。
(シャルには秘密、のはずだけど……。いやぜったいにバレるわよね、これ)
いつもはほんわかと作業に勤しむ魔物たちが、明らかに目をギラつかせて興奮している。
帝国の侵攻を阻止すべく、ハルトに言われて準備している最中なのだろうが、誰がどう見ても異常事態だと感じるだろう。
実際、ユリヤの隣で彼らを眺める人物もそうだった。
「何が始まるのかしら? いくらなんでも様子がおかしいわよね?」
ハルトの義母にしてシャルロッテの実母、ナタリア・ゼンフィスだ。
彼女は頻繁にここへ足を運んでは新鮮な野菜や肉などを調達して、家族に手料理を振る舞っている。大貴族の妻にしては家庭的だ。
当初ユリヤは一人で魔物たちの様子を見に行こうとしていた。一抹の不安を覚えたからだ。そこへナタリアがやってきて、どうせなら一緒に行きましょうと誘われた。
そして案の定、魔物たちは色めき立っていた。
(ハルトってシャルには秘密にしたいはずよね? わたしだって帝国が攻めてきたなんて知られたくないわ)
なにせ根が優しくて純粋な子だ。アニメでも主人公の敵側の事情を汲み取って温情を向けるくらいだから、帝国や皇帝に対しても『きっとなにか事情が……』と心痛めるに違いない。
(でもあの皇帝って度し難いほどクズなのよね。他にいなかったからアレにしたけど、もっとちゃんと選ぶんだったなー)
思うも、すぐに頭を切り替える。
(さて、アフターケアが必要だとしても、わたしの役じゃないわ)
とはいえその作業に従事すべきウラニスは今、忙しくて手が回らない。
ならば、頼るべきは決まっていた。
「ねえ、ナタリアおばさま。さっきあっちでスケルトンたちが話しているのを聞いたのだけど――」
帝国が王国への侵攻を企み、それを迎え撃つため準備をしているらしい、と伝えると。
しばらく目を見開き、わなわな震えていたナタリアは突如、
「ギガンっ! ギガンはどこ!?」
巨大なひとつ目の魔物を探し当てるや、
「洗いざらい、嘘偽りなく話してちょうだい!」
見上げるほどの巨体にまったく臆さず、叱るように問い詰めた。
膝を抱えるように座ってプルプル震えながら、ギガンは乙女声で語る。
「ありがとう、ギガン。そしてごめんなさい、キツく言いすぎたわね」
そっと岩の手をさすると、ギガンは気持ちよさそうに寝息を立て始める。
ナタリアは続けて、ジョニーを見つけて声をかけた。
「おお、これは母君殿。本日はどのような品をお探しですかな? しかしながら今は少々立てこんでおりまして――」
「その立てこんでいる事情について、話をさせてもらっていいかしら」
「へ? ぁ、その……」
ギガンに対する反省からか、声のトーンはかなり落ち着かせていたものの、ジョニーはたじろぐ。
けっきょくジョニーも洗いざらい、嘘偽りなく話してしまう。
(おばさまって魔物の扱いに慣れすぎてない?)
先に口下手で正直者のギガンと話をして、その裏取りをジョニーに行う。ふだんは饒舌な語り口で相手を翻弄するジョニーだが、こうされては誤魔化しようがない。
「ありがとう、ジョニー。正直に話してくれて」
「いえ……。しかしながら母君殿、こればかりは我が君の命ですので作業の中断はできかねまして」
「わかっているわ。私も辺境伯も、貴方たちがやることに口は出しません。だから――」
ナタリアは口元だけにっこりとさせて、
「その『我が君』さんとお話しするわ」
足早に去っていった――。




