あらお姉ちゃんいつの間に?
帝国が王国に攻めてくるよ。
極々端的に言うと、こうらしい。
でもってそう伝えてきたのは帝国からの留学生で自称帝国のスパイのウラニス君だ。
「どうして……」
マリアンヌお姉ちゃんは震えている。
まあいろいろ『どうして』だよなあ。
とりま、俺はすぐさま準備に入った。
どうやらシリアスなお話になりそうだし、俺はその手の話が苦手だ。というか考えるのが面倒なので、別の人に考えてもらおうって寸法よ。
そんなわけでいつものように、専用アドバイザーのティア教授とだけ会話できる通信結界でやり取り開始。
『ワタシ、一人で考え事をしたかったんだけどね。しかも戦争? はっ! まったく興味ないんだけど?』
なんかキレてんねこの人。さっき無理やり黙らせたのをまだ怒ってんのかな?
でもめげずにスルーしてウラニスとの話に戻る。
「質問いいか? 答える気はあるんだろ?」
答えないなら無理にでも聞くけどね。イリスにもマリアンヌお姉ちゃんにも俺がシヴァだとバレちゃったし、こいつの今後を考えなければなんでもできる。
「すべて話そう」
い、潔い……。それがホントかどうか知らんけども。
「まず一個目。なんで自分がスパイだと俺たちに明かした?」
「前提として、オレが諜報の仕事を受けたのはユリヤのためだ。王国に行きたがっていたアイツをグランフェルト特級魔法学院に入学させることを条件に帝国皇帝と約定を交わした」
「てことは、ユリヤはスパイとか関係ない?」
「アイツは名門マルティエナ家の次期当主だ。すでに子爵位を持つアイツ自身が諜報活動をする理由はない。逆にオレは弟といっても将来的にも爵位のない一般人で、ただの護衛扱いだからな。この立場は裏の仕事をするのに向いている」
『ずいぶんとすらすらしゃべるねえ。逆に怪しいんだけど?』
ティア教授に完全同意。ともあれ続けるみたいだから聞いとくか。
「その上で質問の答えだが、オレは交換条件で諜報員となっただけで、自分の中でその優先順位は低い」
「俺たちにスパイだと明かすより重要な何かが起きたってことか」
「そうだ。それがお前の次の質問につながるのだろうな」
なんというか、この『俺に目を向けているけどその後ろにいる誰かを見ている』感。
ティア教授も察したのか、声のトーンがマジモードになった。
『それじゃあ答え合わせといこうかね』
続く言葉を俺が紡ぐ。
「そのスパイ様が、自国の情報をどうして俺たちに売った?」
そもそも無償だから売ってもいないな。ただの告白だ。
「戦争を止めてほしいからだ」
キッパリ言い切ったウラニスは俺たちの反応を待たずに続ける。
「むろん『オマエたちに』ではない。事は国家規模の殺し合いだ。個人がどうこうできる問題でないのは承知している。だから――」
ウラニスは俺に視線を突き刺して告げる。
「シヴァに頼りたい」
マリアンヌお姉ちゃんもイリスも、俺に目を向けないようにしてくれたらしい。それでも意識がこっちに集まっていると感じた。
「シヴァはもはや〝個〟で語れる実力ではない。彼は〝軍〟として扱える戦力だ」
いやー、さすがに一人で戦争はできんと思うよ? てか嫌すぎるし。
「戦争をしろ、と言うつもりもない。さっきも言ったが『止めて』ほしいのだ」
反応したのはマリアンヌお姉ちゃん。
「つまり、帝国軍が国境に至る前に追い返せ、と?」
珍しく語気を強める。
「それだって一人でやれるものではありません。シヴァの力は私も認めます。ですがここは王国も軍隊を国境に配置し、彼に陽動をお願いするなどして――」
「それでは戦争になってしまう。断言するが、戦争になれば王国に勝ち目はない」
おいおい言葉は選べよデコ助。国境を守ってる辺境伯が帝国ごときに負けるとでも?
俺の睨みに気づいたのか、ウラニスは俺を一瞥して言う。
「訂正しよう。まともな戦争ならば防衛側の王国は有利だ。しかし現状、まともな戦争にはなり得ない。辺境伯が防衛戦に手いっぱいな隙に、王国内部で勢力争いが起きて戦争どころではなくなるからな。そうだろう? マリアンヌ国王代理」
「――っ!?」
マリアンヌお姉ちゃん、めっちゃ驚いてる。
「てか、え? 国王『代理』って?」
思わず疑問が口に出ちゃった。
マリアンヌお姉ちゃんは神妙な顔つきで答える。
「まだ公式には伏せられていますが、お父様は……国王陛下は先日、お倒れになりました。意識を失くされ、いまだ回復の見込みもありません」
え、あのクソ親父って倒れちゃったの? しかも意識不明とかざまーっwwって言ってる場合ちゃうか。
珍しくティア教授が『これ、ワタシも手に負えなくなってきたんだけど』と弱気になっている。
「でもどうして貴方がそのことを? 王宮内ではごく一部の者しか知り得ない情報です」
「安心しろ。王宮の情報管理に落ち度はない。だが今の王宮の動きが明らかに以前と異なっていたのでね。マリアンヌ王女が王宮に詰めるようになったのと合わせて考えれば、国王が不在であるとの仮定で納得できる、というだけの話だ」
お姉ちゃん、唇を噛み締めている。
「国王派と貴族派は王妃ギーゼロッテの悪行を暴くため一時的に協力したとはいえ、もともと思想的に相入れない関係だ。国王が倒れた今、国王派閥をまとめているゼンフィス辺境伯が帝国相手に動きを封じられれば、貴族派はその隙に大胆なことをやらかすかもしれんな」
お姉ちゃんにじゃなく俺に説明するみたいに言ってんのはなんでだ?
「仮に貴族派が各地で蜂起して辺境伯領の背後を突けば、ゼンフィス卿は領土の大半を失うことになるだろう。多くの人命も、同時にな」
だからなんで俺を見るんだよ? ってまあ、わかりきってるけどな。
「俺に危機感を植え付けてシヴァに泣きつけってか」
「そうだ。オレはなんとしても戦争を止めたい。そのためにシヴァの協力は不可欠だ。不快に思わせたのなら謝ろう。どうか彼を説得してもらえないか」
うーん、表情はそんな変わってないけど、必死さは伝わってくるんだよなあ。
「でもさ、なんでお前はそんな戦争を止めたいんだ?」
「ユリヤが戦争を望んでいないからだ」
うおぅ、食い気味の即答だったな。
「アイツはただ人生を楽しみたいだけだ。戦争などという悪意と悪意のぶつかり合いはもっとも嫌悪している。だからユリヤのためにも、『戦争が起こった』という事実そのものを回避したい」
なんかなー、用意してきたようなセリフ回しが気に入らないけど、それだけ必死だとも受け取れるのよね。
と、ここでなぜかイリスが重い口を開いた。
「だが、やはりシヴァ一人に押し付けるのは無理がある。辺境伯に協力するかたちで短期決戦に持ちこめばキミが言うような懸念は払拭――」
「イリスさん」
遮ったのは意外にもマリアンヌお姉ちゃんだ。てかすごく辛そうに、伏し目がちに続ける。
「残念ながら、懸念は払拭されません。王国と帝国が戦争状態になった。その一点をもって将来の火種は燻り続けるのです。仮に短期決戦で勝利しても、いえ、勝利したからこそ、国内ではすぐ報復論が吹き上がるでしょう。となれば先陣を任されるのは当然、辺境伯になります」
で、父さんが不在のうちに国内は貴族派連中があれこれやっちゃう、と。
マジめんどくせぇ!!
イリスとお姉ちゃんが黙りこくる。
ウラニスも、どうやら俺の反応を待っているようだ。
ホント、いろいろ面倒臭いっすね。
てかぶっちゃけ、俺の答えはもう決まっていた。
父さんの手を煩わせるくらいなら、俺がちょっと働けばいいだけなのだ。
そう、ちょっとね。
だから――。
「いいだろう!」
中身空っぽの偽シヴァを登場させ、謎のポーズで声高らかに宣言する。
「私がこの戦争、回避してご覧に入れよう!」
そうなのよね、回避でいいんよね。
さすがに俺一人で戦争はできんけど、それを未然に防ぐならやりようはある。
なにせ不意打ち騙し討ちは俺の得意分野だ。
ついでに言えば、俺一人でもないわけだし。
――ふははははっ! 今こそ集え! パンデモニウムの同士たちよ!




