励ます準備は万全です
王宮内の自室にこもって何日経っただろうか。
ライアスは床に座りこみ、膝を抱えて黙していた。
母が――王妃ギーゼロッテが囚われた。
罪状は様々だが、国家反逆罪の一点をもって死罪は免れない。
当然だ。
そう、当然のことを彼女はしてきたのだから、当然――自分も覚悟は決めていた、はずだった。
(それでも、僕は……)
救える手立てがあるんじゃないか、と胡乱な手段に縋っていた。
いつか改心してくれるんじゃないか、と儚い希望にしがみついた。
いかがわしい宗教とも手を切って、父王とも和解して、かつて魔王を倒したときのように颯爽と、瓦解しかけたこの国を立て直してくれるんじゃないかと、無意味な虚構に浸っていた。
(けっきょく、僕は……)
なにもできなかった。
いや、なにもしなかったのだ。
父王との確執も、母への隷属も、なんら解消「マジでヘコんでんじゃん」「うわっ!?」
突然声が降ってきて、ライアスは座ったまま跳ね退いた。
能天気に「よっ」と片手を挙げた、見覚えある顔に混乱する。
「ハルト、な、なんでお前が「わたくしもおりますよ」お前もかよちびっ子!」
「ほう? 俺の可愛い妹にその物言い。元気そうじゃないか」
ハルトから殺気にも似た威圧感が……。
(いやこれ間違いなく殺気だよな?)
慄きつつ、ライアスは立ち上がった。
「いきなりなんだよ? てかどうやって入ってきたんだ」
「あちらの壁を通り抜けてまいりました」
「ドアを! 開けて入れよ!」
「んなことより客が来たんだから茶くらい出せよ王子さまよぉ」
さっきからハルトの圧が強い。本当に何しに来たのだろう? 戦々恐々とするも、ライアスは廊下に出て人を呼んだ。
ついに王子が部屋から出てきたと沸き立つ衛兵やメイドたちはしかし、いつの間にか部屋にいたハルトとシャルロッテに動揺が隠せない。
どうにかライアスがごまかして、王子専用の応接室のソファーでお茶を前に向かい合ったわけだが。
「元気を出してください、ライアス王子」
「いやこいつもう十分元気じゃね? てなわけでシャルよ、俺たちのミッションはコンプリートだ」
「そうですか。せっかくいろいろ準備してきたのですけどそれはそれ。ではお暇しましょう」
「ああ、じゃあなライアス。学校ちゃんと行けよ」
淹れたてのお茶をひと口もすすらず、二人して立ち上がった。
「いやいやいや! お前ら何しに来たんだよ!?」
「だからお前を元気づけようって来たんだよ。けどそんだけデカい声が出せるならもう元気だよねってことだから、俺らいらんだろ?」
元気づける? ライアスは意外な言葉に目をぱちくりさせた。
「お前が、どうして僕を元気づけるんだよ? 姉貴に言われたのか?」
「それ以外にあると思うか!」
「だよなわかってたよ! てかなんでキレぎみ?」
確信する。こいつは本気で励ましにきたのではない。
「てことで、マリアンヌ王女はかなり心配してたぞ」
「ふんっ、バカ姉貴め、余計なことを……」
気にかけてくれるのは知っていた。このところは公務で忙しいはずなのに、毎日のようにドアをノックして声をかけてくれていたのだ。
悪態をつくも、感謝とともに気まずさで胸がいっぱいになった。
「ライアス王子、ツンデレ仕草は本人の前でやるのがベターですよ?」
「なんの話だ!?」
身を乗り出して「それはですね」と解説し始めたシャルロッテを全力で止める。
「くそ……お前らと話してると調子狂うぜ……」
「てか、なんでお前引きこもってたの? なんか嫌なことでもあった?」
「知らないで元気づけようとしてたのかよ!?」
もうこれはバカにしにわざわざやってきたとみるべきでは?
ライアスの不信感は最高潮まで達した、しかし。
「どうせ姉貴に聞いてるんだろ? 僕が何に落ちこんでるかって」
話せば楽になれるかもしれない。そんな淡い期待に言葉が出た。
「なんか言ってたっけ?」
「わたくしはなにも」
「ホントに帰れよお前らもう!」
絶対バカにしている。決まった。もう相手にする意味がない。
憤懣やるかたないライアスが怒鳴ったものの、
「まあ待てよ。お前に見せたいものがあるんだ」
ハルトは意に介さずパンパン、と手を叩いた。
「待たせたな! さあご覧あれ」
どこからともなく全身黒ずくめの男――シヴァがマントを翻しやってきた。もはや驚くより呆れるのが先だ。
「なんだよ、これ?」
部屋の壁に大きく何かが映し出された。
王都の街並みだ。大通りを歩く人たちが呼び止められている。
最初は若い女の子二人組。片方がにこやかに、隣の少女は照れたように言う。
『ライアス王子? あの大きな人型の乗り物……巨大ロボ? それに乗ってたよね』
『王都を守ってくださって、ありがとうございました』
呆気にとられるライアスをよそに、映像は続いていく。
次は二十代前半と思しきカップルだ。
『魔神とかいうのと戦ってたんだよな』
『私、姿を初めて見たけどすごい筋肉でカッコよかったよねー』
『マジかー。じゃあ俺も鍛えないとなー』
いったい何を見せられているのか。
その後も老若男女、街の声が伝えられていく。
そのどれもが、本来なら彼らが知り得ない出来事ばかりだった。
「ハルト、お前これ――」
「ほら、最後だぞ」
言われずとも、声は止まっていた。
子どもたちが集まって、ワイワイと声を張り上げている。
『まほーしょうじょといっしょにたたかっててうらやましかったー』
『わたし、まほーしょうじょになるー』
『じゃあぼくはおうじみたいにでっかくなるー』
みんな、知っているはずだ。
ライアスという名の王子の母親が、国家反逆罪で囚われたことを。
その子である王子はもはや、王位継承権の剥奪が間近だということを。
なのに、なぜ――
「いかがですか、ライアス王子」
いつの間にか視界がにじんでいた。
「これが、魔法少女の力です」
「……いや悪い。言ってる意味が、ちょっと」
自分は魔法少女になった記憶はないんだが?
「ああ、ごめんなさいです。要するに正義を為した者の力、という意味です。そして同時に、みなさんの声はその力の源でもあります」
「まあ、そういうことなら……」
なんとなくわかる。
でもきっとそれは、自分ではなくシャルロッテやユリヤのような魔法少女だからで――。
「いいえ」
目の前にいる、正真正銘の魔法少女は彼の心を見透かしたように。
「魔法少女には、誰でもなれるんですよ」
雷に打たれたような衝撃がライアスの体を貫い――「いや待てお前なに言ってんだ?」――てはいなかった。
「ライアス王子もやりませんか? 魔法少女」
「やるわけないだろが!」
シャルロッテはものすごくしょんぼりしている。
そしてその横でハルトが悪魔のような形相でこちらを睨みつけていた。
「いやだから、『少女』だろ? 男の俺が、そのなんだ……魔法少女ってのをやるのはどうもな……」
「繰り返しますけど魔法少女は誰だってなれるんです。でも無理強いはできませんね」
言って、シャルロッテは立ち上がる。
「ともかく! ライアス王子は間違ったことは何ひとつしていません。胸を張ってください」
ドン、となだらかな胸をたたいた。
そう簡単に吹っ切れるものでない、と感じながらもライアスは、
「ああ、そうだな」
どこか胸が軽くなるのだった――。
ゼンフィス兄妹が部屋を出てしばらく、ライアスは応接室で一人、ぼんやりしていた。
(まあいちおう、励ましてくれてたんだよな)
本人がそう言っていたのにまったく信じられなかったが、時間を置いて思い返せばそうとも感じられるのが不思議だ。
(にしても、妹の方は相変わらずだな。『魔法少女』になれって、男の俺に何を――)
だがよくよく思い出してみれば、帝国から来た留学生の弟の方はそれっぽい衣装で四騎戦に出ていたか。
(ま、さすがに魔法少女はないけど、やっぱり『正義を為す』ってのには、憧れるよなあ)
そう。
このときライアスは『魔法少女』を否定しながらも、その本質部分に強く憧れてしまったのだ。
「――なっ!?」
目の前に突然、金属質のブレスレットが現れた。宙空に浮かぶそれは、緑の宝石が嵌めこまれている。
ライアスが困惑する中、唐突に光輝くと、彼の腕にいつの間にか装着され――
「なんじゃこりゃぁーーーーーーっ!?」
応接室にライアスの絶叫がこだました――。
【現在の儀式参加者】 ※()内は宝石の色
[魔法少女] |[サポーター]
・シャルロッテ(ピンク) | ??
・メル(黒) | ティアリエッタ
・ユリヤ(金) | ウラニス
・テレジア(紫) | アレクセイ
・ライアス(緑) | ??
残り2枠――