共謀しそうな二人を残したら
シヴァは去った。
この場にもう用はない、とアレクセイは立ち去ろうとするも、
「ねえキミ、奇しくも魔法少女のサポーターに選ばれた者同士、情報共有しないかい?」
ティアリエッタに声をかけられて向き直る。
「ルセイヤンネル教授、貴女はシヴァに近しい人物だ。情報の濃さで言えば貴女は私よりずっと上でしょう。私と対等な情報共有をするメリットがありますか?」
「なにか裏があるとでも言いたげだね」
「率直に言ってそうです」
「うーん、正直者。でも嫌いじゃないよ、素直に見せて腹の底であれこれ策を巡らせているタイプはね。ハルト君とは似て非なるタイプだ。あの子って隠そうとして隠しきれてないとこあるからねえ」
飄々とした話し方とは裏腹に、探りを入れてくるような物言いでもある。
(あの学院長ですら手を焼いただけはある。一筋縄ではいかないだろうな)
アレクセイは表情には出さず、内心で気を引き締めた。
「その意味で、キミとの情報共有は化かし合いでもある。だからキミの発言の裏を読み、正解を導く手間は当然あるね」
「なおさら理解に苦しみますね。そうまでして私から情報を得ようとするメリットは貴女にないでしょう?」
「ところがどっこい。大いにあるのさ。そもそもの話、この大魔法儀式はすでに勝者が決まっている」
「……ほう?」
知らず言葉に詰まった。
いくらなんでも軽はずみに過ぎる。それではまるで、ゲームをコントロールすべき人物が不正をしていると言っているようなものだ。
もしその人物――ゲームマスターを買って出たシヴァにでも聞かれたら……。
アレクセイの危惧を嘲笑うかのようにティアリエッタは続ける。
「我々がどう足掻いたところで、シャル君の勝利は揺るぎないんだよ」
「シヴァがゼンフィス家と懇意にしているのは薄々気づいていました。しかし彼は先ほど『中立を守るべき立場』ときっぱり言った。それが信用ならないと?」
「さすがにこの部分で腹の探り合いをしても意味ないよ。安心したまえ、この会話を彼は聞いていない。用事で出かけた以上、今の彼はこちらに無関心だよ」
「だとしても、ゲームマスターが信頼できないならそもそもゲーム自体が破綻している。我らが情報共有したところで意味はありませんよ」
前提が間違っている、とアレクセイは言外に含んだ。
「ふむ、やっぱりワタシは人を見る目がないらしい。誤解していたよ。キミ、ハルト君と似たタイプだ」
「……どういう意味ですか?」
「キミって頭はいいけど、偽計奸計悪巧みは得意じゃないでしょ」
まいったな、とアレクセイは視線を逸らす。
(教授と直接話すようになったのはここ最近だが、やはり私とはモノが違う)
自分が優秀であるとの自負はある。けれどナンバー1にはなれないとの諦めも常に胸にくすぶっていた。
あの学院長が手を焼く奇才は伊達ではない。そして彼女と対等以上に立ち回るゼンフィス兄妹との差も痛感した。
「というわけで手を変えるよ。ワタシといっしょにゲームの隙をついて、二人で勝ち残らないかい?」
「シヴァを、出し抜くと?」
「その通り。むろん勝者は一人だけだから、最後は正々堂々戦うことになるけどね」
言葉のとおりには受け取れない。こちらが危険とわかれば他の参加者と結託してつぶしに来る可能性は高かった。
(とはいえ、どのみちゲームを楽しむなら提案を受けざるを得ないか)
すくなくともティアリエッタはこちらより情報を持っているのは確実なのだから。
「いいでしょう。乱闘で勝者を決める方式である以上、早期に同盟を組んで参加者を減らしていくのは上策ですからね」
「よしよし、それじゃあさっそく情報の共有といこうか。キミってさ――」
ティアリエッタは上機嫌で、しかし不可解な質問を寄越してきた。
「パートナーの能力は、どのくらい把握できてる?」
うん、実に不可解だ。
チョーカーを装着した者なら、この質問がおかしなものだとすぐに思うだろう。
テレジア学院長が魔法少女の姿になったとき、彼女のすぐ横に半透明のウィンドウが出現した。
そこには魔法少女となった際の魔法レベルや、主副の属性とその比率、さらに属性ごとに付随する補助的な効果が記されていたのだ。
変身を解いたときの魔法レベルより高く、本来はないはずの属性が追加されていた。これはおそらく、ブレスレットの効果で上昇したり付与されたりした部分を『そう見せている』と考えられる。
「貴女が見えているもの以上の内容を、私が見えているとは思えませんね」
すこし探りを入れるつもりで返した。すると彼女はまたも不可解なことを言う。
「なるほどねえ。じゃあ特殊能力も字面どおりにしか理解できていないってことかな?」
特殊能力という項目はあった。
学院長の能力から推察するに、魔法少女ごとに異なった能力かつ『魔法少女戦争(仮)』に特化したものだろう。
(なぜこんな質問を? 『字面』どおりかどうかなど、実際に特殊能力を発動して試してみればいいはずだが……)
そうもいかない事情があるのは理解できる。
かくいう学院長の特殊能力も他の魔法少女にしか効果のないもので、すぐには試せそうになかった。
アレクセイはティアリエッタの真意を探ろうとする。
(最初は情報共有を持ちかけられた。彼女が有利な立場にいるのに、だ)
そして最初の質問は『パートナーの能力をどの程度把握できているか』だった。
これもまたステータスを記す特殊な画面が表示されているので、質問自体の意味がつかみかねる。
(そして特殊能力の理解度に対する問い、か)
魔法少女の特殊能力は互いに知らない。早期に把握できれば対策する時間が確保できて有利になるのは明白だ。
だから会話の中で特殊能力を聞き出そうとした――否。
(待て。彼女はなぜ『字面』という言葉をわざわざ使った?)
最初は『把握』と言い、こちらが『見える』と伝えたら『字面』で返してきた。
絶対的有利な立場でありながら、こちらから引き出したい情報とは何か?
(もしかして……いや、まさか……)
正直なところ、確信どころか可能性としては極めて低いように思う。
だがこの推測が正しければ、彼女は絶対的有利どころか極めて不利な状況にいると言えるだろう。
(下手な詮索や誘導尋問は無意味か。ならば――)
ドヤ顔で余裕綽々なティアリエッタに、直球で尋ねた。
「もしかして貴女は、パートナーの能力が見えないのですか?」
最初、シヴァに聞いたルールにはこういうものがあった。
・サポーターだけがそのパートナーたる魔法少女のステータスを知り得る。(特殊能力含む)
ここにはサポーターがどうやって魔法少女のステータスを知り得るか、その術が書かれていない。『半透明のステータス画面』とも『見える』などとも、だ。
にやり、と口元を歪めたティアリエッタは即座に、
「コレってワタシだけの不具合だよねえーっ!?」
涙目になった。
アレクセイは確信する。
これ、同盟を組むメリットないな、と――。




