夢を実現してみた
部屋には五人のおっさんがいた。
一人は俺のこの世界での父親で、名前は話を聞く限りジルク・オルテアス国王陛下。他はお偉いさんだがモブ認定。
「これは余の決定だ。こんな出来損ないが王子などと、臣民の笑いものにされるのは余であるぞ!」
「しかし陛下、死産と偽るにしても、誰が王子を手にかけられましょう? 私どもでは畏れ多くて……」
「ふむ。たしかに王家の者を臣下が手を下すのは問題か」
俺をどう殺すかでもめる様を眺める異常事態。いちおうさっきまでは俺の命乞いをしていたおじさんがいたが、退室させられてしまった。
父親も大概だが、母親も『こんなクズが我が息子などと黒歴史にもほどがあります』とか抜かしやがった。
前世でもろくでもない連中ばかりだったけど、転生してまで人の醜さを知ろうとは。
やっぱ人間ってクズだな。性根がみんな腐ってるんだ。
だからといって、座して(実際には寝ているが)死を待つ俺ではなかった。
生まれたばかりの世界に未練なんてないけど、死ぬのはやっぱり怖い。たとえクソザコ認定されるほど弱くても、この世界で逞しくひきこもり生活をエンジョイする方法はあるはずだ。
前世の俺はガラスどころかペーパーハートだったはずだが、転生の影響なのだろうか、今はすごく前向きだ。
絶対に生き残ってやる!
そんなわけで、俺は生存のために思考を巡らすことにした。
天井を眺めながら考える。
魔法を使うには、魔力が必要だ。
そして個人が扱える魔力の総量は、現在の魔法レベルによる。
俺の処遇を話し合っていた大人たちの会話に、その辺りに言及したものがあった。
推測を交えつつ簡単にまとめると。
扱える魔力量は、魔法レベルのざっくり二乗に比例するらしい。レベル1とレベル2では四倍の差がある。たとえば仮にレベル1000の奴がいたとすれば、レベル1とは実に百万倍。すごい。でもさすがに四桁はあり得ないな。
まあ、俺はレベル2のクソザコなんですけどね。
しかも属性を持たない俺は結界魔法しか使えないそうな。
女神的な何かさん、ホントいい加減。何がチートをくれる、だよ。ちゃんと仕事してよね!
で、その結界魔法が何か、今のところ俺にはわからない。
俺の中の『結界』という漠然としたイメージでは、なんか透明な壁で囲まれた一定領域だ。お札とか張ってそれを作る。
そして、その中では不思議なことが起こる。すごいパワーが得られたり、爆発したり、誰かが侵入したのを検知したり。
とりま、俺が生存するためにはこの魔法を使いこなさなくてはならない、と思う。
ので、さっそく試してみよう。
透明な四角い箱を作ってみる。
わりと簡単にできた。
王様たちは無反応なので、どうやら他の人には見えないようだ。俺にはなんとなく四角い箱が浮いているのが見える。
ちなみに俺は赤ちゃんなので、仰向けに寝っ転がって『だーだー、ばぶー』とか言っていた。
箱を動かしてみた。
めちゃくちゃ滑らかに空中をすいすい移動して、意のままに操れる。魔力は多少使うっぽいが、魔法レベル2の俺でも苦も無く操作できた。疲労なにそれ美味しいの状態。
壁にぶつけた。
粉々に吹っ飛んでしまう――壁が。
「な、何事だ!」
「いきなり壁が……」
「爆裂魔法!?」
「賊か!? まさか魔族の残党が!?」
大騒ぎになったので自重しようと思う。
消すのも簡単。
消えろと念じたらなくなった。ただ、作って放置しておくと、消える気配が微塵もない。体感でしかないが、維持だけなら魔力をまったく消費しないっぽいぞ?
試行を続ける。
四角い箱は針の穴くらい小さくできるし、部屋いっぱいにも大きくできるし、もっと小さくも大きくもできそうだ。
形状は四角でなくてもよい。奇妙な形の花瓶とそこに活けてある花を、ぴったり薄膜で覆うような複雑な形の結界も作れた。
その結界を動かしてみると、花瓶と花が空中浮遊する珍現象が発生。またも大騒ぎである。
「いったいなんだと言うのだ? まさか……」
王様は俺をじろりとにらんだ。ぎくり。
わなわな震え、なんだか汗が垂れていて、生唾をごくりと飲みこんだ。
どうしよう? バレたら即、俺の命はついえるかも。いっそこっちから襲いかかってみるか? 透明な結界を頭にぶつけてぐっちゃぐちゃにして――――俺、こんなに殺伐思考だったっけ?
とたんに冷静になる。
そもそも俺は魔法レベルが2のクソザコらしいし、まだ結界魔法もよくわかってないし、不意を突いても返り討ちにあうのは確定的に明らか。
ここは様子見。赤ちゃん演技で王の出方を待とう。
「だー、うー」(キラキラした無垢な瞳で見つめる)
「……ふっ、それこそ『まさか』だ。魔法レベルが2のポンコツ……しかもまだ赤子ではないか。宮殿を防護している大規模結界魔法が不具合を起こしたに違いあるまい」
ぶつぶつ言ってから、モブたちに指示を飛ばす。
そして皆を引き連れてどこかへ行ってしまった。
ぽつんと取り残された俺。
ふふふ、俺の赤ちゃん演技も捨てたもんじゃないな。
とりあえず危機は脱したようだし、これで気兼ねなく結界魔法を試行錯誤できるというもの。
今度は箱に色を付けた。
赤、青、黄色。複数の色でグラデーションを作ったり。イメージ通りに自由自在だ。
鳥を思い描いてみた。
俺の拙いイメージではとても本物には見えないが、色を付け、翼を羽ばたかせると、きちんと鳥らしく飛び回る。
お前は、自由だな。
俺は仰向けに寝っ転がることしかできない。赤子の肉体では力もなく、手足を自由に動かせないし、言葉もうまく話せない。早く大人になりたかった。
ん? でも待てよ?
結界で覆ったモノが思いのまま動かせるなら……。
俺は自身のカタチぴったりに結界で覆い、立ち上がった。歩く。走った。ふわふわ宙にも浮ける。傍から見たら絶対気持ち悪い。
動けるようになった俺は、窓まで登っていき、外を眺めた。
ここは小高い丘に建てられたそこそこ高い建物のようで、丘の麓には城壁に囲まれた中世ヨーロッパ風の街並みが見えた。
城壁の向こうには深い森が、そのさらに先は山脈が連なっている。
ふと、俺は生まれた直後を思い出す。
ぼんやりとした視界が、目に力をこめたらくっきりはっきり見えるようになった。
じーっと、遥か彼方の山脈を見る。
なんてことでしょう。
望遠レンズを覗いたみたいに拡大され、ついに山脈の岩肌が間近に見えたではないか。いや倍率おかしいだろこれ。
どうやら俺は、眼球に特殊な結界を張り付けていたようだ。意識して消すと、景色が色あせてよく見えなくなった。
再び結界を眼球に張り付ける。『よく見えるように』とか適当なことを考えたら、前と同じく視界はクリアになった。
わりと漠然としたイメージでもイケるのかな?
というわけで検証。
視覚ついでに、俺は男の子の夢を実現すべく行動に移した。
ずばり、『透視ができる結界』だ。
そんなことをしている場合じゃないのはわかっているのだけど、きっと何かの役に立つ、と自分に言い聞かせてレッツチャレンジ。
壁を見る。
いつまで経っても壁だった。
うーん。やはり万能ではないのだろうか?
俺は夢を諦めきれず、試行錯誤する。
で、ついに俺は夢を実現した。
目の前に四角い板状の結界を作る。さらに壁の向こう側に、同じ大きさの四角い板(結界)を作った。それを、結ぶ。
眼前の結界が、まるでタブレットみたいに外の景色を映し出す。
下に傾けると、併せて外の板状結界が下を向き、地面が映った。
窓から外を確認。
俺以外には何もないように見えるだろうが、そこには板状結界があるのだ。
透視、完成である。
なるほど。結界魔法とは、数多の世〝界〟を創り、〝結〟ぶ魔法なんだな。
齢三時間足らずで、世の真理に至った俺。
さらに俺は改良を加え、壁にうすーく結界の膜を張り、壁の向こう側にも同じく膜を張ってつなげてみた。膜の部分が外の景色になる。
これを服の表裏に張り付ければ……いや、よそう。その場合は俺以外にも透視状態が確認できてしまうのでバレバレだ。うん、眼球の一部に膜を張ってうにゃうにゃ……。
その日は寝た。