特別な子の特別な場所
俺はやるときはこだわる男だ。
いつもはぐうたらしているが、シャルを楽しませるためなら労力は惜しまない。
ブレスレットとチョーカーを用意したものの、肝心要の〝聖なる器〟を中途半端なもので済ませたくなかった。
そこで画伯の登場である。
地下迷宮で保護したメルちゃんはその実、絵師としての才能に恵まれていた。こないだは巨大合体ロボのデザインを快く請け負ってくれて、最の高なロボを生み出すのに貢献してくれたのだ。
そんなわけで今回も彼女に〝聖なる器〟のデザインをお願いしたってわけ。
さすがに一から作るのは無謀だろうと、優勝トロフィーみたいなもんだよな、って感じでそれっぽいのをネットで見繕って参考にしてもらっている。
で、そのイラストが完成したとの報をティア教授からいただいた俺。
他にも『重要議案がある』らしく、さっそく彼女の研究室にやってきた、わけだが。
「その褐色美少女はどちら様ですか?」
白く長い髪をツインテールにして、スレンダーな体躯を包むのは黒っぽい魔法少女チックなフリフリ衣装だ。
「そしてこのタヌキっぽい小動物はいったい……?」
褐色美少女の足元では、茶色い体毛で真ん丸な、アニメ調にデフォルメされたタヌキみたいなのがいた。俺の膝丈くらいで、ローアングルから褐色美少女を観察している。
「確保ぉーっ!」
なんかいかがわしいことしてんな。とっ捕まえとくか。
「待て待て待ちなさいよ! ワタシ、ワタシだよ」
こいつ頭悪いな。オレオレ詐欺は姿を見せずに声だけで相手を騙す手法だぞ。
「こんな姿だけどティアリエッタだよ!」
「犯罪者はみんなそう言……わない、か。ティア教授? ホントに?」
よくよく見ればその首には、黒いチョーカーが付いている。これ、もしかしなくても儀式参加者の証、だよな。たしかに声はティア教授っぽく聞こえなくもない。
褐色美少女に再び目を向ける。こちらもよくよく観察してみれば、その腕には黒い宝石付きのブレスレットがあった。
「それでティア教授、こちらのお嬢さんは?」
でもやっぱり誰だかわからないので聞いてみた。
「メル君だよ」
「は? この子が?」
いやどう見ても別人……あれ? そう言われてよくよく見れば、たしかに成長したメルちゃんその人だと思い始める俺がいた。
でも、そんな急に育たないよな?
「というかこれ、キミがやったんじゃないの?」
「俺が? なんで?」
「参加者はキミが選定するんじゃなかったの?」
うん、そのつもりでした。ティア教授にはナイショのはずでもあったんだけどね。
それはそれとして、ユリヤ・ウラニス姉弟に続いて今回も俺はまったく関与していない。
またも俺は無意識に? いや待てよ。
「なにかきっかけはありませんでした?」
「ちょうどメル君にこの大魔法儀式の説明をしたところでね。そうしたらメル君が自分も参加したいって……」
ん? ティア教授が眉根を寄せて思考モードに入ったぞ?
でもまあ、なるほど。
俺、わかっちゃった。
「たぶんこれ、シャルですね。あいつがメルちゃんの願いを聞き入れたってことでしょ」
いっしょに遊びたいって言われたら無碍にできないよなあ。さすがみんなの天使。
「シャル君が? ワタシはさておき、キミに相談もなく?」
「別にシャルは俺の許可がないと行動できないってわけじゃありませんよ」
むしろ俺に負担をかけないよう、自分たちで考えて動いてくれる。よくできた子なのだ。
どうやらシャルもこの大魔法儀式に少なからず介入できるらしいな。ユリヤを選んだのもそうだけど、あいつの嗜好なら納得だ。
でもそうなると、俺がそれを知ったとは気づかれないようにしないと。サプライズが相手に知られてるってわかったら一気に冷めちゃうもんね。
「……ま、そういうことにしておこうか」
なんか含みのある言い方だなあ。
「それじゃあメル君の身体的変化については? さすがにシャル君が意図的にやったとは思えないんだけどねえ」
それはたしかに。
そもそも変身は衣装だけで、肉体的に変化を伴うものじゃない。
「魔法少女の特殊能力、じゃないんですか? サポーターに選ばれたティア教授になら見えるでしょ」
参考にしたアニメではオモシロ特化型魔法になっていた。大人に変身、なんてのはなかったけどね。ちなみにどんな効果が付与されるかは俺にもわからない。そう設定しておいた。
って、この辺りは前にティア教授を交えて取り決めたルールだ。
ん? ティア教授が難しい顔してる。
「……違うね。ただ成長するだけなのが特殊能力なら、しょぼいにもほどがあるよ」
それはたしかに。
サポーターであるティア教授がそういうんだから、やっぱ違うみたいだな。
「じゃあコレなんでしょうか?」
失礼ながらメルちゃん(成長Ver)を指差す俺。
「ワタシが聞きたい……だと先に進まないね。もしかすると儀式には直接関係なく、ただ儀式の参加者に選ばれたことで本来彼女が持つ『特別な事情』なんてものが刺激された結果かもしれない」
「というと?」
「そこを探るにも手掛かりは限られているよ。というか、この子にだけある『特別な事情』を考えれば、目ぼしい場所はひとつしかない」
どこよ? と顔に出ていたのだろう。ティア教授は続ける。
「メル君が特別な状況に陥った場所。いまだに全容が解明されていない未知の迷宮、って言えばわかるだろう?」
うん、そこまで言われればわかります。
そんなわけで俺は、メルちゃんの不思議事象の謎を探るべく、オリンピウス遺跡へと向かった――。