魔法少女は正義の味方
帝国内マルティエナ伯爵領の東に、小さな村があった。
街道沿いから外れてはいるが、中規模都市を結ぶちょうど中間地点にあることから旅人や商人たちがふらりと立ち寄り活気がある。
「? なんだかピリピリしているような?」
村の外れにこっそり降り立ち、変身を解いてから歩いて村までやってきたシャルロッテは不安を感じる。
屈強な男たちやローブ姿の人たちが集まり、深刻そうな顔つきで話をしているのだ。
ユリヤも変身を解いていた。〝金〟のブレスレットは『ここではないどこか』に隠している。
「そうね。殺気立っているみたいだわ。聞いてみましょう」
何があったのか、それともこれから何かがあるのか。いずれにせよ面白おかしい話ではないだろう。
「こんにちは。なんの騒ぎかしら?」
もっとも近くにいた冒険者風の剣士に声をかける。
「なんだ君は? 子どもは危ないから家に隠れていろと言われただろう?」
「これから危険なことが始まるの?」
「いやだから――」「ユリヤ様!?」
訝る剣士の声をかき消すような、叫びにも似た声は白髪の老人だ。転びそうになりながらユリヤに駆け寄る。
「ど、どうしてこのようなところに? 伯爵からは軍を出せないとのお達しが来ておりましたが……」
「あら、お父様も薄情ね。よくわからないけれど領民の危機になんの対処もしないなんて」
「い、いえ、のっぴきならぬ事情があるとのことでした。代わりに冒険者を募って派遣してくださりましたから」
見知らぬ者たちはみな雇われ者らしい。
「ともかく、ここは危険です。どこから流れて来たのか山賊どもが大挙してやってくるかもしれませんので」
話を聞くに。
最近になって近くに山賊が現れ、街道を往く商人たちを襲い始めたそうだ。森の中に隠れ潜んでいた彼らは数を増し、ついにこの村を拠点にすべく『殺されたくなければ明け渡せ』と脅してきたのだ。
「五十? その数にこれっぽっちで戦うつもりなの?」
冒険者たちは十に満たない。しかも急遽集められただけあって頼りなさそうだ。村人は多いがそもそも一般人は魔法レベルが低く、後方支援がせいぜいだろう。
(思っていたよりずっと深刻な状況だわ。面白半分だったけど来てよかったみたいね)
それにしても、とユリヤは訝る。
こうも都合よく、悪者が悪事を働く現場に居合わせるものだろうか。
振り返ると、不安そうにこちらを見る少女がいる。
(シャルが悪者の話をしたから……とは考えすぎよね)
山賊が現れたのはずっと前。村を襲うと通告してきたのも今朝がたとのことだ。
さすがのハルトでも彼女の言動を先読みして用意する、なんて芸当ができるとは思えなかった。
「シャル、ちょうどいい腕試しができそうよ」
きょとんとする少女に、ユリヤは微笑んで続けた。
「山賊退治。この村を、いっしょに救いましょう」
背後から驚きの声が上がるのも無視し、ユリヤは短いステッキを取り出す。
シャルロッテはその言葉だけで大筋を理解したようだ。愛らしい表情をきりりと引き締め、片腕に嵌めたブレスレットを高々と掲げて応じるのだった――。
山賊たちはすでに村のすぐ近くまで迫っていた。小川のそばの開けた場所で腹ごしらえをしている。
鋭気と力を養っていた彼らの前もとい上に、
「天知る地知る小川知る。悪の栄えた試しってないですよ?」
突如、ふりふり衣装を着た少女が二人現れた。
「なにモンだテメエ!」
山賊たちが色めき立つも、
「あ、ちょっと待って。ええっと、これを、こうして…………」
ユリヤは手元に半透明ウィンドウを開いて操作する。
「……大丈夫、みたいね。ごめんなさい、シャル、もう一度お願いできる?」
「なんだかよくわかりませんけどそれでは、こほん……。天知る地知る小川知る。悪の栄えた試しってないですよ?」
山賊たちは訝る中、シャルロッテは空中できりりとポーズを決める。
「正義の魔法少女イモータル☆シャルちゃん、美味しそうな匂いに釣られたわけじゃないですけど参上です!」
静寂が流れたのは数秒。
「ガキがいい気になりやがって。おいテメエら、やっちまえ!」
「ねえシャル、これってあれよね。アニメでよく見る三下ムーブだわ♪」
ユリヤはとても感激している。
「なるほどこれが! でもユリヤ、それって失礼では?」
「実際この人たちって、すごく弱いくせに相手の実力を大雑把にも計れていないわ。いくら子どもでも、飛翔魔法を使う相手を舐めてかかっている時点で程度は知れているでしょう?」
「そのとおりではあるのですけど、もうすこし手心というか……」
空中でのんきに会話を続けるお子様たちに対し、山賊たちの怒りは頂点に達した。
「ぶっ殺す!」
首領と思しき強面の男が叫ぶや、地上から様々な魔法が放たれた。しかし――。
「ほらね。せいぜい魔法レベル【10】ほどだもの。こんなものよ」
「でもでもユリヤ、この人たちは近隣を荒らす山賊さんです。経験豊富でしょうし、実際、狙いはなかなかですよ?」
「あくまで場数は、ね。それでも護衛が強そうな商隊は避けていたはずよ。威力も精度も学院の入学レベルにも遠く及ばないわ」
二人は魔法陣をいくつも生み出し、ことごとくを弾き返していた。
「あーあ、どうせなら軍隊とやり合ってみたかったわ」
「さ、さすがにそれは……」
ちょっと例えが悪かったか、とユリヤは言い直す。
「ごめんなさい、冗談が過ぎたわね。ともあれ、盛り上げどころも作れないみたいだし――」
金色の瞳を下界に降ろす。
「さっさと終わりにしましょうか」
魔法のステッキを山賊たちに向けると、その小躯と同じほどの魔法陣が現れた。
二つ、三つ、四つと重なり輝き揺れる。
「シャルも合わせて」
「は、はい!」
同じく魔法陣を作り上げ、二か所から光のシャワーが――
「――ッ!?」
「ふわわ!?」
放たれる直前、山賊たちを守るように巨大な魔法陣が出現した。
魔力が収束する。
無防備に受けてよい攻撃ではないと瞬時に判断した。
「まったく、盛り上げるにしたって――」
ユリヤは魔法のステッキを手放し、両手を前に突き出した。自身の魔力を一段高める。四重の魔法陣にさらなる魔力を注ぎこみ、防御用に切り替えた――と同時。
「――ッ!? どうして?」
彼女の手元に、『ここではないどこか』に隠していたモノが出現した。
(ダメ、間に合わない……)
巨大魔法陣の全面から白色光が、太い柱が伸びるように撃ち放たれる。爆発音が轟き、ユリヤの眼前で弾け飛んだ。
眩いばかりの光があふれ、それが収まると。
「ユリヤ、もしかしてそれは――」
黄金を基調とした装束が、先ほどとは異なっていた。
全体的に光沢を増し、ミニスカートの後ろが長く伸びている。そして片方の細腕に、金色の宝石が嵌めこまれたブレスレットが付いていた。
(まいったな。ブレスレットを隠す術式が間に合わなかったわ)
衣装が変化しただけなら言い訳も立つが、ブレスレットを見られては誤魔化せない。
(もうすこし長く隠していたかったのだけど)
ここまでのようだ。
「どうやらわたしも選ばれたみたいね。シャル、今がチャンスよ!」
「はっ!? わかりましたがんばります!」
シャルロッテは片手をぐるりと回し、
「昇天しちゃいませ♪ プリティ★ハーデス★シャワー!」
今度こそ白い光のシャワーを浴びせた。
緩やかに注がれる光の粒子に、山賊たちは小バカにしたような笑いを浮かべたものの、
「がっ、から、だが……」
「じびれるぅ……」
びくんびくんと痙攣しつつバタバタ倒れていった。
「しばらくは動けないわね。村の人たちに知らせましょう」
拘束は彼らに任せればいい、とユリヤは笑う。
シャルロッテはつられて笑うも、内心は複雑だった。
(これでユリヤとは敵同士。わかっていたことではありますけど……)
俯く彼女の前に、ぬっと愛らしい顔が現れた。
「そんな哀しい顔をしないで。敵同士ではなくて、わたしたちは友だちでしょう? これまでも、これからも」
無垢な笑みに、シャルロッテの胸を覆うモヤモヤが晴れていく。
「そう、ですね。そうです! わたくしたちは、ズットモですから!」
「ええ、全力で儀式を楽しみましょう♪」
こうして正式に、ユリヤ・マルティエナは魔法少女戦争(仮)に参加することとなった。
ところで。
「なんだ……、この、オレの姿は……」
遠くで誰かの声が聞こえたような? シャルロッテは訝った――。