大事なことはじっくりね
シャルロッテは手に入れたばかりのブレスレットとチョーカーを手に、辺境伯領にあるログハウスに飛びこんだ。
リビングでは一人、謎の留学生ユリヤ・マルティエナがアニメを鑑賞中だった。
「そんなに慌ててどうしたの、シャル? 急にいなくなるから寂しかったのよ?」
「それはその、ごめんなさいです」
ぺこりとお辞儀して謝るも、ばっと顔を上げて興奮気味に告げる。
「ところでユリヤ! ついにわたくしにブレスレットが!」
説明端折りまくりなのにもかかわらず、ユリヤはニコニコと応じる。
「へえ、ずいぶん素敵な魔法具ね。これってあれかしら? 魔法少女用の新しいグッズ?」
「そうなんです! 実はこれ――」
興奮冷めやらぬシャルはまくしたてるように説明する。
一気に話して途中咳きこんだが、ユリヤがコップに水を汲んできてくれたのでゆっくり飲み干し落ち着きを取り戻した。
「魔法少女戦争、か……」
「はい! いわば魔法少女の頂上決戦。たぎります」
闘志を燃やすシャルに、ユリヤは不思議そうに尋ねる。
「そんなに楽しみなの? シャルはそういうの苦手だと思っていたわ」
「苦手、ですか?」
「だって魔法少女同士が憎しみ合って殺し合うのでしょう? シャルの中の魔法少女像って、正義を成して悪を裁くものだと思っていたもの、わたし」
シャルロッテは目をぱちくりさせてたっぷり十秒。
「憎しみ合って殺し合うのですか!? なぜそのようなことが!?」
盛大に驚いた。
「なんだ、知らなかったの?」
「ぇ、ぁ、はい。そう、ですか。だから兄上さまはあのアニメに『もうちょっと大人になってから』タグを付けていたのですね……」
てっきり痛々しい描写がたくさんあるから、という理由だけかと思っていた。
冷や水を浴びせられたように縮こまったシャルは、今度は頭を抱えて喚く。
「どどどどどうしましょう!? すでに魔法少女戦争は始まってしまいました!」
ころころ変わる表情に、ユリヤは微笑んで言った。
「でもその場にハルト……いえ、シヴァはいたのよね?」
「え? あ、はい。魔法少女戦争は自分が取り仕切る、と」
「なら安心ね。彼がいるなら殺し合いにはならないわ。そう言っていなかった?」
「はっ!? そういえば言っていました! 『殺し合いにならないようシステムへ介入する』とかなんとか」
ほらね、とウィンクしてみせたユリヤに、シャルロッテの不安が掻き消えていく。
「それじゃあさっそく、そのブレスレットを嵌めてみて。何か変化が起きるかしら?」
「ふぉおぉぉ……、なんだか緊張しますね」
「あ、そのチョーカーはわたしが預かっておくわ」
ごく自然に手を差し出され、シャルロッテもまた自然にピンクのチョーカーを渡した。
「……」
無言のユリヤはいつもどおりにこやかで、シャルロッテは気づかない。金の瞳がかすかに、輝きを増したことに。
シャルロッテがブレスレットを手首に近づけた。直後、まばゆいばかりの光が辺りを包む。ピンクの宝石から同色の光があふれ、霧が風に吹かれるように消えていくと。
「おぉぉ……。どどどどうですか?」
いつもの魔法少女衣装とはデザインが異なるものの、同じピンクを基調としているからか、
「なんだかパワーアップしたみたい」
ユリヤの言葉のとおりに思えた。
「実際、力がみなぎるのを感じます。ブレスレット自体の力もいろいろ試して見極めておきたいですね」
「そうね。ところでシャル、このチョーカーは誰に渡すか決めているの?」
「いえ、まだです。どこかによい人がいないか検討中で……」
ちらちらとユリヤを見やるも、あえて流して話を進める。
「ハルトをサポーターにする予定は?」
「兄上さまはいろいろお忙しいと思いますので、別の人を選ぼうかと……あの! ユリヤは、その……」
「もしかして、わたしを? うん、シャルとパートナーになるのも楽しそうね。けどわたし、どちらかと言えば魔法少女になってあなたと競い合いたいわ」
「ら、ライバル、ということですね」
ええ、とユリヤは笑みをたたえてうなずく。
「ならシヴァに言ってすぐユリヤにもブレスレットを――」
「ダメよ」
ユリヤはずいっとシャルロッテに歩み寄る。
「いくらシヴァでも候補者選びにまでシステムへ干渉はできないわ。そもそも彼は言っていたでしょう? 『ブレスレットは〝聖なる器〟を切に望む者の前に現れる』って」
「た、たしかに」
「でも、そうね。もしわたしが魔法少女に選ばれなかったら――」
言いながら、すぅっと片手を前に出す。
細くしなやかな指に挟まれた、ピンクのチョーカーに小さな――ユリヤの金色の瞳に釘付けになっていたシャルロッテでは気づかないほど小さな――紫電が走った。
「そのときはわたしをシャルのサポーターにしてくれる?」
受け取ったチョーカーにまったく違和感はなく、シャルロッテは大切に手のひらで包んだ。
「はい! ではギリギリまで、サポーターは選ばないでおきます」
思わず頬が綻ぶも、ユリヤは柔らかに言う。
「でも候補者は見繕っておいたほうがいいわ。わたしが魔法少女に選ばれたときのためにね」
なるほどたしかに、とシャルは表情を引き締めてから。
「いずれにせよ、ユリヤと一緒に楽しみたいです♪」
にぱっと咲かせた笑顔を見て、ユリヤも満面の笑みを返すのだった――。