レギュレーションは一人で決めない(前半)
魔法少女戦争(仮)――それは純真無垢な少女たちは己が願いを叶えるため、万能の願望機たる〝聖なる器〟を奪い合う、自らの意志と尊厳を賭けた争奪戦だ。
今回シャルを喜ばせるために行う遊びは規模がでかい。
ゆえに細かな部分まで取り決めて、万が一にも危険がないよう努めなくてはならないのだ。
「とうわけで、ちょっとルールを整理しようと思う」
俺はシヴァモードで重々しく言う。
ここはティア教授の研究室。乱雑な散らかりようは相変わらずだが気にしないでおく。
この手のルール設定は頭のいい人たちに頼るのが一番だ。
毎度おなじみ見た目はお子さま、頭の中身は稀代の天才(らしい)ティア教授はもちろんだけど、事情をある程度知ってしまっていて学年で一番筆記成績が良く、素人ゆえの斬新な意見が期待できるイリスにもご同席いただいた。
ちなみにウラニスは退室願う前にいなくなっていた。空気の読める子らしい。
「さっきの話ぶりからはすでにベースとなるものがあるんでしょ? それを先に話してよ」
ティア教授のお言葉はごもっとも。
俺は件のアニメのゲームルールを思い描く。
「まず参加者は七人の魔法少女たちだ。それぞれサポート役――サポーターと呼称しようか、それが一人付く。彼女らは互いに譲れぬ願いを胸に、究極の願望機〝聖なる器〟を巡って戦う。最後に勝ち残ったひと組がそれを手にできる、ということだな」
イリスが挙手して言う。
「参加者が二人一組なのは儀式用の魔法具がそうだから、なのだろうか? サポーターの位置づけが曖昧なのだけど」
「サポーターの役割は後で話そう。ちなみに魔法少女同士は戦うが、サポーターへの攻撃はすべて無意味だ。逆にサポーターから魔法少女への攻撃も意味がない」
アニメでのサポーター役は不可思議なマスコット系キャラで、殺しても死なない。今回は危険がないように俺の防護結界でカッチカチに固めておこう。
ついでにサポーターはあくまでサポーター。
攻撃参加できちゃうと面白みがなくなるからな。戦いは魔法少女同士にしとかないとね。
「あとはまあ、知らぬ間に八枚目のカードが現れる可能性もなくはないが今は気にしないでおこう」
今のところまったくその予定はないが、何を起こすかわからないのが俺という人間だ。予定は未定。臨機応変。座右の銘です。
ティア教授が言う。
「で、魔法少女やそのサポーター、つまりは儀式の参加者ってのは完全にランダムで選ばれるわけ? 〝聖なる器〟とやらが『それを切に望む者』を選ぶって話だったけど」
「基本は、な」
「含みのある言い方だねえ。ま、システムへの介入ってのはそういうことか」
「もしかしてシヴァ、参加者をキミが決めるのか?」
ぶっちゃけそのつもりだ。いやそれ以外にあり得ない。だってシャルが参加するんだもん。安全安心かつそこそこ敵として楽しめる相手を選定しなくては。言ってて難しそう。
ただまあ、俺の不正を「はいそうです」とただ認めるのは芸がない。
「そこまでの介入は無理があると私は見ている。ただもし、私利私欲に塗れ世界に悪意ある者が選ばれたなら儀式そのものが破綻しかねない。そういった連中を排除できるくらいはなんとかしたいものだな」
「ふむふむ、なるほどねえ」
ティア教授が立ち上がり、黒板前の邪魔なものを横に寄せた。チョークを手にして板書を始める。
「目的は究極の願望機たる〝聖なる器〟? を手にすること。そのためには他の参加者を倒していって最後の一人に残る必要がある、と」
きちんとまとめてくれるのね。助かるぅ。
背伸びして書き書きするティア教授を見ながら議論再会。
イリスが深刻そうな顔で質問を寄越す。
「七組のバトルロイヤルというのは理解したのだけど、その『倒す』の定義は? まさか相手を殺めるまで終わらない、なんてことはないよね?」
「そうだねえ。殺し合いにならないよう、シヴァ君がうまいこと介入してくれるとして、『倒す』の定義は重要だ。そこんとこどうなの?」
……考えてなかった。アニメだと相手の息の根を止めるまでなんだよな。
どうしよう? と俺が黙って悩んでいたら、ティア教授が助け舟を出してくれる。
「そういえば魔法少女には色違いのブレスレット、そのパートナーには同じ色のチョーカーが参加者の証として配布されるのだったねえ。ブレスレットは宝石が嵌めこまれていたけど、その宝石を壊して終わり、ならわかりやすくてよさそうだ」
それな。
「しかし、常に宝石を守らなければならないのは無理がないだろうか? 自分の命でも同じではあるのだけど、参加者は寝る間も警戒し続けることを強いられる」
「たしかにそうだね。まあでも、魔法少女の変身グッズなんだし変身していないときは取り外して隠しておけばいいんじゃないかな」
「隠し場所によっては確実とは言えない。その辺りはシヴァ、キミはどう考える?」
急に振られてびっくりする俺。仮面がなければ焦り顔を晒してるとこだった。
「ブレスレットは着脱可能、外しているときは自由に異空間へ収めたり取り出したりできるようにしよう」
「あー、例の『謎時空』を使うんだ。それなら安心か」
ティア教授の言葉にイリスも諦めたようにうなずいた。
二人は議論を続ける。
「ただピンチになったら変身を解いちゃえばいい、なんて安易なことになりかねないね」
「変身後に接敵したら、一定時間あるいは一定範囲を超えて初めて変身が解除される、というのはどうかな」
「一定範囲だと劣勢側は『逃げる』以外の選択がないね。逆に時間だとそれも含めたいろいろな『時間切れ狙い』の戦術を駆使できる。うん、面白くなるんじゃないかな?」
「強制的に変身が解除されるとそれ自体が戦術の幅を狭めてしまう。接敵してから一定時間は解除不可、その後は任意に解除可能という条件がよさそうだね」
ホント頭のいい奴らに議論させると楽でいいな。
と、ここでイリスが何かに気づいた。
「しかしこれらのルールを儀式に組み入れるのは可能なのか? わりと複雑なように思うのだけどシヴァ、キミの力でもそう簡単にはいかないのではないかな」
二人は俺の方をじっと見る。ようやく俺の出番か。
「大丈夫だ。その辺りは問題ない。神代の連中も考えることは同じらしい。たいていはここに記されているのと同じだ。多少のアレンジなら俺でもなんとかできるよ」
ルシファイラの本を掲げて自信満々に言ってはみたが、もちろん俺はちゃんと読んでない。
けどまあ、ブレスレットは俺が用意したもんだし、機能を追加するだけなら無問題なのだ。
「やはりさらっと言ってしまうんだね、キミは……」
「イリス君、彼の異常性はツッコむだけ無駄だよ」
なんか悪口言ってます?
しかし長々と疲れたな。
俺たちは板書をまとめつつ、束の間のティータイムで議論疲れを癒した。
後半へ続く!