見つけちゃったなら仕方ない
ギーゼロッテが囚われている牢でウラニスと話したことなどすっかり忘れていたある日。
「兄上さま! 魔法少女戦争が始まります!」
今日俺はティア教授に引きずり出されて面白くもない話を延々聞かされていたところだったので、この天使の声音は癒しでしかなかった。
俺以外にはイリスと、ユリヤが呼び出されたが代わりに弟君――ウラニスだけ強制参加させられて、俺たちはソファーに並んで座っている。
ところでちょっと待ってほしい。『魔法少女戦争』だと?
「シャル、それって『もうちょっと大人になってから』タグを付けたアニメだよな?」
けっこうグロ表現を含んでいるのでシャルには刺激が強すぎるだろうと、二人で話し合っていずれグロ耐性が培われるまで楽しみに待ってようね、と合意に至ったはずなのだが。
ちなみにこの間ユリヤが一人で視てたやつだ。
「いえその、アニメは兄上さまとのお約束どおり視てはいないのですけど……」
視線を逸らしてもじもじしていたシャルちゃんは申し訳なさそうに上目で俺を見た。うん可愛いね。
「他のアニメの考察サイトなどを眺めていましたら、ちょこちょこ目に入ってしまい……」
まあねえ、この情報化社会(この世界は違うが)、触れたくなくても触れてしまう情報ってのはあるもんだ。
「あ、子どもが見てはいけないサイトは見ていません!」
うむ。その辺りはしっかりした子だから信用している。
「今のところ薄ぼんやりと概要が理解できたかな、くらいです。それ以上の考察はしていません。『無』、わたくしは『無』になって調べたのです!」
それならまったく触れてないレベルだな。安心だ。
「ともあれシャル、もしかして二期が始まったりするのか? だから今のうちに一期を見たいとか」
「二期が!?」
「いや俺が聞いてるんだけど……」
なんか話が噛み合ってないな。シャルも察したのか、ずいっと何かを差し出してきた。
見る。本だ。
どこかで見たような…………あ、思い出した。
視界の端でぼけっとしてるウラニスが、ギーゼロッテの部屋で見つけたとか言って渡してきたやつだ。
「これをどこで?」
「兄上さまのお部屋の本棚から落ちてきました」
そういや、いつか読もうと思って本棚に置いてたんだったな。
ええ、そうですとも。俺はまだこれを読んでません。古代語で書かれてて解読が面倒そうなのでね。
さておき、これと魔法少女戦争になんの関係が?
「ハルト君、そろそろなんの話をしているのか尋ねてもいいかな?」
「ボクも興味がある。というか物騒な戦いが始まるのなら看過できない」
さっきまで面白くもない話を延々としていたティア教授と、それを真剣に聞いていたイリスが話に入ってきた。ウラニスはぼーっとしている。
シャルちゃんが大きくうなずく。
「はい、みなさんにも聞いてもらいたいです。この本は新しく見えますが、遥か昔、神代に書き記された古文書です」
「なんだって!?」
ティア教授の食いつきすごい。
でもそれ、ウラニスによるとルシファイラの黒歴史ノートみたいなもんらしいよ?
「そしてこの本によりますと、神代以来となる、とある大魔法儀式が始まってしまうようなのです」
まずはここを、とページを開いてティア教授に見せる。俺は? 読んだことになってるの、もしかして?
俺が口を挟めないでいると、同じく本を覗きこむイリスが眉間にしわを作って言った。
「どんな願いも叶う、究極の願望機……?」
「きっと〝聖なる器〟ですね。次はこちらです」
「え? 聖なる器とはどこにも……」
困惑するイリスはいい加減、シャルのペースに慣れようね。
長年お兄ちゃんをやってる俺は慣れたもので、成り行きに任せて静観する。
ティア教授が目を輝かせた。
「ほうほう、ほほう? 二人一組のチーム戦でそれを奪い合うのか」
「聖なる器に選ばれし者と、それをサポートする者に分かれます。本来は使い魔的マスコット小動物なのですけど、そこは小さな齟齬。問題はありません。そして数は七組で間違いありませんね」
「ん? 何組かの制限はないような……」
「いいえ、ほら、ここに『魔力の問題は七つの魔道具が解決する』とあります。魔力を供給する魔道具、それが七つなら七組となるのは必然。数は、ぴったりです」
例のアニメはまさにそう。
聖なる器に選ばれた少女の前には不思議な腕輪が現れ、それぞれ異なる力を得て魔法少女に変身する。
そうして聖なる器を奪い合う、いわゆる異能バトルロイヤルが始まるのだ。
さらに彼女らのパートナーたるマスコット的小動物は腕輪と対になる首輪を嵌めていて、これを通して魔法少女たちに様々なサポートを行うのだが、傷を無理やり治しても痛みが残ったり体が耐えられないほど力を増したり、わりとろくでもないモノが多い。
でもってその不思議変身グッズは七個となっていた。
さて、いつもの妄想が加速する前に(もう加速中なのだが)、俺も適当に参加してブレーキをかけておくか。
「いやでもシャル君、その大魔法儀式がこの時代のこのタイミングで始まる根拠は?」
ティア教授に先を越された。
シャルちゃんは静かに目を閉じ語る。はいみんな静かに! こーれ邪魔できないやつです。
「本来こういった儀式は、管理する方がいます。けれど神代から現代に至る長い時間によって管理者の伝承は失われてしまったのでしょう。でもでも!」
くわっとすごむシャルちゃん可愛い。
「悠久の時を経て色褪せぬこの古文書は、当時の神さま的な方々が書き記したに違いありません。であれば必然、古文書が人目に触れる、それこそ大儀式が開始された合図なのです」
最後にぼそっと『別のアニメではそうでした』と言ったね、今。
「そしておそらく、新たなる魔神さんの脅威が迫っているのでしょう。いえ、きっと」
おっとここで新要素も追加しちゃうかー、そっかー。
「さすがにそれは無理が「よくぞそこまで解読したなシャルロッテよ!」……」
ティア教授の無粋発言を勢いで遮ったのは、唐突に現れた全身真っ黒男ことシヴァ、その偽者だ。中身は空っぽで俺が操作中です。
なんか呆れ顔を向けられたが、ここまで行ったらもう止まれない。走るしかねえんだよ!