ルシフェル・カードの行方(裏)
ウラニスは王都を離れ、丘の上に聳える王城へと向かう。
堅牢さで言えば王都城壁以上ではある。ただし戦時に利用が想定されているためここ百年ばかり、別荘の用途以外には運用されていなかった。
しかし現状でも、外からの侵入を防ぐのと同等に、中からの脱出も困難だ。
ゆえにその特性上、高位の魔法使いを監禁するのにも使われる。
王城の地下深く。
広々とした独房には幾重もの結界が張られていた。
唯一の囚人は特殊な鎖でつながれている。魔力錬成を妨げる魔法効果が施されたものだ。
ぺたりと腰を落とし、苔むした石の床をぼんやりと眺める覇気のない女。かつて艶やかだった黒髪はくすみ、瑞々しかった肌は枯れ、黒瞳から正気は抜けている。
魔王を倒した英雄にして閃光姫の異名を持つ元王妃、ギーゼロッテだ。
「ひと晩でこの変わりようとは。魔神の依り代に選ばれたにしては脆いな」
突然話しかけられたのに、ギーゼロッテは驚きもしなければ顔を起こしもない。
「殺すなら、早く殺してちょうだい……」
「ふん、諦めも早いときたか。残念だが、殺生は禁止されていてね」
「なら、何をしに来たのよ……。もう、話すこともないわ。ぜんぶ、話したもの。ええ、すべてよ。誰も信じないけれど、シヴァは……あの男はわたくしの……、殺したはずの、息子、で……、ぅ、く、ぐぅぅ……」
「興味を引かれる話ではあるが、あいにく今は時間が惜しい」
「だったら何をしに来たって言うのよ! 貴方は一体――ぐぼぁっ!?」
ウラニスの片手がギーゼロッテの胸を突き刺す。
「実のところ傷をつけるのも許可されていないが、ま、後で治しておけば問題ないな。そう怯えなくても、なに、少し痛いだけだ」
彼女の心臓を鷲掴む。
「なるほど、隠すなら自身の内側がもっとも理に叶っている。魔神が滅すればどうせ必要のなくなるモノなのだからな」
「ぐげ、ぁ、やめっづぁああぁあぁあああっ!」
苦痛の悲鳴もお構いなしで、ウラニスは心臓の内側をまさぐり、そして。
ズボッと。
ギーゼロッテの体から腕を引き抜く。
その手には、血に塗れた金属製のカードが握られていた。
(……ルシファイラめ、やはりこれを使って儀式を始めようと画策していたか)
シヴァが回収した七枚のカードと同質ながら、その上層に変化がみられる。カードになにかしらの処置を施したのだろう。
そして集めたカードをすべて合成し、超大規模な魔力供給源として使用する。
かの魔神の特性と、このカードがそろって初めて実現する方策だ。
ウラニスは自身が震えているのに気づいた。
ルシファイラの策におののいた、のではない。
このカードそのものを手にしてようやく知り得た、その真なる姿に戦慄したのだ。
(なんの〝色〟もない神代の魔法。無属性魔法の使い手だとは知っていたが……)
レベルが違う。まさしく『桁』が、だ。
このカードに内在する魔力はとうてい計り知れるものではなかった。
(これが、ただの『結界』魔法だというのか。いや、しかし……)
ノイズが多く、これ以上は解析ができそうにない。
それもこれも――ウラニスは、石の床で悶えるギーゼロッテを見やった。
「ぎ、はっ、ひ……ぁ、れ……? 生ぎ、てぅ……?」
「言ったろう? 殺すのは禁止されているとな。死なない程度に回復しながらカードは回収させてもらおう」
「…………は?」
「ルシファイラに憑依されているときの記憶もあるのだろう? 奴が集めたカードは六枚。残りの五枚も確認させてもらうぞ」
「ぃ、ゃ……め、て……」
ウラニスは表情を変えず、今度はギーゼロッテの左太ももに手刀を刺す。
以降、断末魔の叫びにも似た絶叫を聞き流し、残る両腕と両脚、それと腹から、ついに六枚すべてのカードを抜き取った。
足元に転がるギーゼロッテはヒューヒューと、か細く呼吸するだけだ。
(ちっ、これもダメか。けっきょくすべてルシファイラの手が入っている)
だからカードそのものを解析するにはノイズが邪魔して正しく行えない。一方、彼女の加工した術式を見るに、
(純粋に魔力源としてこのカードを扱っていたのか)
それだけの魅力があるのは理解できる。が、やはりもったいないと感じてしまう。
(ここが限界か。だがシヴァの魔法の正体はいずれ必ず――)
カードを睨みつけるようにして決意を抱いたそのとき。
「なにをやっている?」
驚きを悟られないようゆっくり顔を上げると。
黒い仮面に黒い装束。とてつもない魔力をまとった男、シヴァが立っていた――。