封印の儀式
――魔神ルシファイラの気配が完全に消失した翌日。
ウラニスはユリヤ・マルティエナの後を追い、学院の奥深くにある研究棟前にやってきた。
開けた場所に集まっていたのは、制服姿の一年生イリスフィリアと三年生で生徒会長を務めるマリアンヌ王女、研究棟の主ティアリエッタ・ルセイヤンネル教授、そしてハルト・ゼンフィスだ。
(魔力を感じない。こちらはやはり――)
ハルトは今のように、まったく魔力を感じられないときがあった。
容姿はもちろん、口調や仕草、何かしらの反応――は異なることもあるが、およそハルト・ゼンフィスその人と変わらない。
のだが、
(偽物の方か。しかし魔神の眷属とも違う。これほど精巧なホムンクルスは神代でもお目にかかれたかどうか)
ハルトがシヴァの姿で活動するときや、何かしらの理由で自身の身代わりとして用意した自律型人形。
そう、ハルトは黒い戦士シヴァと同一人物である。
状況証拠から多方面に推測を膨らませてウラニスが辿り着いた結論だ。
(やはり底が知れんな、この男は)
偽ハルトを背に、腰に手を当て立つ黒い男。
自称『正義の執行者』シヴァその人である。
そして彼が顔を向ける先、シヴァだけでなく、みなの視線はひと所に集まっていた。
白い少女が虚空に佇む。
純白のワンピースに身を包み、背には光粒で模られた翼を羽ばたかせている。左右に結えた長い金髪が、自ら生み出した風に舞い踊っていた。
少女――シャルロッテ・ゼンフィスは静かに、何事かを口ずさんでいる。
その小躯を取り囲むように浮かんでいた七枚の金属製カードが、淡く光を帯びた。虹色にゆらめく。
歌うような声音に合わせ、白い少女の周りをゆっくり回り始めた。速度は一定に、それでいて光の強さは徐々に明るくなっている。
これは儀式だ。
魔神ルシファイラを完全に封印するための魔法儀式、と黒い戦士シヴァは説明した。
すでに消滅が明らかになっている魔神を封じるなど意味がわからない。
けっきょくのところこれは、魔神が消滅した事実をなぜか隠したいシヴァによる、ただの茶番に他ならなかった。
だというのに――
白い少女の後ろで目を輝かせて眺めるユリヤを視界に収めつつ、ウラニスはただただ驚愕し、困惑していた。
(なんなんだ、あのカードに内在するとてつもない量の魔力は!?)
放たれている、ではない。その存在そのものを形作る膨大な魔力だ。
あのカードを存在せしめているモノがなんであるか、ウラニスは自身の予想を全力で否定する。
(あってたまるか。そう、アレはあってはならないモノだ!)
確信を得るには、より詳細な解析が必要だ。
だがシヴァを筆頭に周りの目がある以上、この場ですぐに、とはいかなかった。
白い少女を囲み、ゆっくりと巡るカードたち。その輝きが増していく。
空中を移動するのも、光を放っているのも、魔法による効果に他ならない。だがこの二つの事象は根本が異なっていた。
(カード浮かせ、動かしているのはシャルロッテ・ゼンフィスだ。より正確に言えば髪飾りに施された飛翔魔法を自身とカード、同時に作用させている)
それはいい。いや、髪飾り自体も不可解極まりないが、今は置いておく。
ウラニスは視線を動かさず、意識だけを横へ――全身黒ずくめの人物に向けた。
あのカードを用意したのはこの男だ。そして驚くべきことに、カードに内在する膨大な魔力はただ――
(カードを、光らせるためだけに……)
使われているのだ。
(たしかに高出力の魔力は発光現象を生む。だが、光らせるだけなら相応の魔法を使えばいいはずだ。なぜそうしない?)
なぜか?
実のところ単純な話だ。
ハルトは自ら構築した結界に様々な効果を付与できる。その際、具体的に術式を思い描いて刻みこんでいるのではない。
彼のイメージした内容が、なぜか勝手に実現してしまうだけなのだ。
今回はといえば、『光らせる』効果を思い描いたとき、専用の術式が選択されたのではなくたまたま『魔力を活性化した際の発光現象』が選ばれたに過ぎなかった。
(おそらくシャルロッテの髪飾りもハルトが用意したものだ。加えて言うならハルトを模したホムンクルスもな)
だがそれらから存在のための膨大な魔力は感じない。カードとは違って外側に漏れ出してこないのだ。
(おそらくカードの方は光らせる現象を生み出す副次的な効果で、その内在魔力が暴露されているのだろう)
それを確かめる意味でも、どうにかしてカードを手に入れたいところだ。
シャルの声音が一段上がった。
「――母なる大地よ、罪に眠りを。魔神ルシファイラに常しえの安らぎを!」
カッ、と。
七枚のカードがまばゆく光る。と同時に天高く舞い上がり、ずびゅーんと異なる七方向へ飛び去――「とうっ!」
シヴァが跳んだ。
バラバラに飛んで行こうとしたカードのすべてを、片手を前に突き出しただけで『停止』させる。
手招きすると、七枚のカードはシヴァの手元へと寄り集まった。
シュタッと着地したシヴァが言う。
「悪用されては困るからな。これは私が預かっておこう」
「魔神さんがまた復活しようとするのを防ぐのですね」
ひと仕事終えたシャルロッテが額の汗を拭う。が、すぐにきりりと表情を引き締めた。
「けれど、もし存在しないはずの八枚目が現れたら……」
まだこの茶番は続くと言うのか。
「ふっ、そちらについては安心していい。油断はできないが、策は打ってある」
「さすがはあに――じゃなかった、シヴァですね!」
にっこにこのシャルロッテはしかし、どこか残念そうにも見えた。
ともあれ、これでようやく茶番は終わったらしい。
(さて、あのカードをじっくり解析したいところだが……)
シヴァの手に渡った以上、簡単にはいかない。
ならば、と。
ウラニスは音もなく、その場を後にした――。