神代の儀式
――楽しみたいわ。今の、この世界を。
それが彼女の望みであるのは承知している。
そのために当面為すべきことを、次のように口にした。
――用意しなくちゃね。正義の魔法少女が倒すべき、悪を。たっくさん。
悪とはなんだろうか?
彼女なりの定義は単純明快。すなわち正義に相反するモノ――敵対するモノだろう。
では正義とは?
一般的には、社会的な善であり正しさの体現である。
だが実際には、思想信条、立場や境遇によって真逆に変わり得る不確かなものだ。
彼女が視ていたとある〝アニメ〟を思い出す。
立場や主義主張が異なる少女たちが、欲してやまない願いを叶えるために魔法の力を得て殺し合う、という殺伐とした内容だ。
彼女たちはぬいぐるみのような使い魔を各々従えて、ソレらに励まされ――その実は巧妙に奮い立たせされ、望まぬかたちで戦い続ける。
最後の一人になるまで。
悔恨と罪悪感に圧し潰されながら。
(実に醜悪極まりない。だが――)
――お話自体はとても面白いしね。
少女たちが葛藤や困難を乗り越えていく姿が胸を打った。人間味に溢れる様を、彼女は楽しんでいたのだ。
(とはいえ、だ)
――魔法少女同士が戦うのって、実際にやると楽しくはなさそうなのよね。
その言葉に嘘はない。であれば、やはり。
(別の案を考えるべきだろう。幸いにして『次』を考えること自体をユリヤは楽しんでいる)
なら自分はそのサポートに徹するべき、との結論に至る。
(それにしても……)
再び件のアニメを想起する。
驚いたことに、アレは架空の世界の話だという。
つまり、どこかの誰かが空想して創り上げた作り話なのだとか。
(よくもまあ、あれほど酷似した儀式を考えついたものだ)
神代の昔一度だけ、その大規模魔法儀式は行われた。けっきょくは失敗に終わったが、やり方自体に大きな欠陥があったとは思えない。
ただ魔法体系が大きく変化した今の時代に実現できるとも思えなかった。
そもそも儀式自体に膨大な魔力が必要となる。それこそ三主神が全盛期に全員揃ってすべてを絞り出してようやく届くかどうか、というレベルだ。
ゆえに不可能。
どうやっても実現できない。
そのはずだった。
(まさかルシファイラが実現一歩手前まで進めていたとはな)
彼女の特性は〝合成〟だ。
魔力の問題さえ解決できれば、道具を用意するのはお手のもの。
そして最大の懸案であるはずの魔力問題は、意外なところで解決されていた。
となれば、あの儀式を現代で再現するのはそう難しくは――。
(いや、考えるのはよそう。独断で進めてもシヴァに邪魔されるのがオチだ。もとよりユリヤが望まないのであれば、やる意味がない)
ウラニスはそう結論付けた。
しかしそのときすでに、事態は思惑と真逆の方向に進んでいた――。
――辺境伯領の外れにある一軒のログハウスにて。
「ふははは! 遅い、遅いぞ! やはりハルト様のお部屋掃除は私にしか務まらん!」
赤髪のケモミミメイド――フレイは哄笑を上げながら掃除機を振り回す。当然、埃は舞ってもゴミは吸えていない。
一方、床ではゆっくりと進む自動掃除ロボが堅実に仕事をこなしていた。
その様子にため息をこぼす、青髪の小さなメイドさん――リザは窓を拭いている。
「フレイ、変に対抗意識を持たずにいつもどおりにしなよ」
「ふはははっ! ハルト様が創り出したとはいえ所詮は自我なき傀儡。しかもつい最近やってきた新参ではないか。私の敵ではない!」
「話聞いてる? まあ敵じゃない……とは思うよ?」
疑問形なのは掃除ロボ自体が謎すぎるから。
何を動力にしているのかも謎なら、そもそもアレはどうやって作りだしたのか?
(例によって何もないところから突然現れたんだよね……)
ハルトが何かを用意するときは大抵そうだ。
収納魔法で異空間から取り出した、と今まで思いこもうとしてきた(それもまた常識では考えられない)が、どうにも違和感が拭えない。
(まさか……。うん、まさか、ね……)
あり得ない、といつも否定する考えを浮かんでは消していく。
そう、あり得ないのだ。だってそんなこと――。
がこーん、と。
明らかに振り回した掃除機がどこかにぶつかる音で思考が止まる。
「兄上さまになにか!?」
ノックもなく扉が開かれ、愛らしいお子さまが金髪を振り乱して飛びこんできた。
「シャルロッテよ、なんてことはない。ちょっとぶつかっただけだ」
そういうフレイの周りには、本が散乱していた。掃除機を本棚にぶつけてしまい、その衝撃で十冊ほど落っこちてきたのだ。
「掃除しているのに散らかしてどうするの」
リザが呆れて本を拾おうとしたとき。
「待ってください!」
シャルロッテが叫ぶ。床の一点に視線を固定したまま、愛らしくも険しい表情でゆっくりそこへ歩み寄った。
視線の先は、床に落ちた一冊の本だ。しっかりした装丁で真新しい。が、特段おかしな点はない。強いていうなら、表紙の文字が古代の文字――神代のそれ、というところくらいか。
「シャルロッテ様、その本がどうかしたの?」
問いに目配せだけで応じ、シャルロッテはごくりとのどを鳴らした。
慎重に、どこか警戒しながら、拾い上げ、ページをめくる。
リザも神経をとがらせた。もし呪書の類であればすぐに凍らせるつもりだ。
「古代の言葉で書かれていますね」
シャルロッテの読み進める速度が上がった。
「シャルロッテ、様……?」
「こいつ息が荒くないか?」
高揚したのか頬を朱に染め、眉間に力が込められている。
やがて最終ページに到達した。シャルロッテは目を閉じ、小躯をわなわなと震わせている。
リザが、そしてフレイまでもが息を呑む時間が一分ほど。
くわっと目を見開いた次の瞬間、シャルロッテは高らかに叫んだ。
――魔法少女戦争が、始まります!
「ぇ?」「は?」
「どんな願いも叶えるという最強無敵の願望機――聖なる器を賭けた魔法少女同士の争いが、始まってしまうのです!」
魔族二人、頭の上に疑問符を浮かべることしかできなかった――。