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実は俺、最強でした?  作者: すみもりさい
第二章:子ども時代のすったもんだ
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一方的な母子の再会


 ライアス王子とマリアンヌ王女の辺境視察は、小さなトラブルもなく、その日程をつつがなく終えた。

 

 そう。

 何事も起こらず、シャルロッテ・ゼンフィスは健在のままだ。

 

「言い訳を、聞かせてもらえるかしら」


 ギーゼロッテは離宮の一室で、横長のソファーに腰かけ静かに告げた。

 彼女の数メートル先には、視察団の護衛隊長を務めた騎士が跪いている。


「召喚士部隊が、忽然と姿を消しました。全員が、拠点の物資もろとも、なんの痕跡もなく、であります」


 騎士は王妃を直視できず、床を見つめたまま震えた声で答えた。

 

「それで?」


「ゼンフィス卿が我らを監視する目が厳しく、自由に動ける部隊が消失してしまっては、我らだけでは如何ともしがたく……」


「おめおめと帰ってきたわけね」


「この汚辱は! いずれ必ず、すすいでみせます。何卒、新たなる機会をお与えくださるよう、お願い申し上げます!」


 騎士が床につくほど頭を下げる。

 ギーゼロッテは一瞥すらせず、ワイングラスを手にして赤い液体を揺らめかせた。

 

「いずれ、なんて言われたら、わたくしは貴方を『無能』と断ずるほかなくてよ? 貴方が今やるべきは、空っぽの頭を隅々まで見渡して、失敗の原因を突き止める以外にないの」


「それは……」


「いい? 数十名の部隊が姿を消した。痕跡がないのなら、ただ召喚に失敗したとの単純な理由ではないわ。敵が、いるのよ。わたくしの邪魔をした、誰かがね」


 騎士は急いで記憶をまさぐっていく。


「そういえば、視察中に妙な男の話を聞きました。盗賊や魔物を退治して回る、正体不明の『黒い戦士』と呼称される男です」


「まあ大変。わたくし、心底呆れてしまったわ。そこまで知っていながら、なぜ放置していたの?」


「しかしながら、その者が相手をしていたのは脆弱な盗賊団や、数も強さも大したことのないはぐれモンスターです。召喚魔法を専門にしていたとはいえ、数十名の部隊を一人で全滅させるなど――」


 ぱしゃ、と赤い液体が騎士に浴びせられた。

 

「少しは頭が冷えたかしら? 本当に愚かな男ね、貴方って。話だけでネズミと侮った猫は、その実野良犬に噛み殺されるのよ。貴方、獅子にでもなったつもりなの?」


「いえ、その……」


「それに、相手が一人だとどうして言えるのよ。裏でゼンフィスが関わっているとは考えなかったの? 相応の兵が動いたなら、必ず尻尾はつかめるもの。そこから彼を糾弾できたでしょうに」


「面目次第も、ございません……」


「ああ、気分が悪いわ。あれだけ目をかけてやった男が、呆れるほど愚かだったと知ったわたくしの気持ちがわかって? 貴方には相応の罰を…………」


 凍りついた騎士だったが、ギーゼロッテがいきなり押し黙ったのを不審に思い、恐る恐る顔を上げる。

 王妃は目を見開き、驚きに顔を染めていた。視線は、騎士の背後だ。

 

「誰っ!?」


 王妃の叫びに、騎士は跳ねるように振り返る。

 

 

 ――人の〝影〟がいた。

 

 

 そう表現できるほど、漆黒に染まった人物だ。つるりとしたヘルムに、ぴっちりとした衣装。いずれも闇に溶けるほどに黒かった。体格からして、成人の男性。


 騎士は王妃の私室であっても帯剣が許されている。閃光姫の自信がなせる慣例だ。

 腰の剣に手をかけ、抜こうとしつつ叫ぶ。

 

「王妃様! お下がりくださ――ぃ……?」


 だが剣を抜く前に、その首が音もなく両断された。頭部はごとりと床に落ち、続けてゆらりと体も倒れる。

 

「これで全部だな」


 漆黒の男が言う。両腕を軽く振るうと、いくつもの人の頭が床に転がった。

 

 ギーゼロッテが知る者たちだ。先のゼンフィス卿領へ視察に同行した王妃直轄の騎士たちだった。

 

 敵――紛れもなくこの不審者は、自分の敵。

 そして騎士が述べていた、辺境伯に与する『黒の戦士』に間違いない。

 

 瞬時に判断したギーゼロッテは、無詠唱で自己を強化する。片足で軽く床を蹴ると、座ったままの姿勢でソファーの後ろへ飛びのいた。もう一歩、大きく後ろへ飛び、暖炉の側へ。

 

 暖炉の上に飾ってあるひと振りの剣をつかむや、中腰の姿勢で剣の柄に手をかけた。

 

 『光刃こうじんの聖剣』――魔王を滅した〝至高の七聖武具〟のひとつだ。

 

(これを手にした今、閃光姫わたくしの敵に足り得る者は存在しないわ)


 姿を見せる前に暗殺しなかった己を呪って死ぬがいい。

 もっとも背後から不意討ちしたところで、自動防御が発動するので無理ではあるが。

 

 ギーゼロッテは余裕を取り戻して問う。 

 

「どうやってこの部屋に……離宮に忍びこんだのかしら? 幾重にも防護結界が張ってあったはずよ?」


「結界? ああ、あの雑なやつか。綻びだらけだったから、破る必要もなかったぞ。仕方ないから完全防音の結界を上から張っといた。大声出しても誰にも気づかれない」


「……そう。あとで結界を担当した者たちにはきついお仕置きをしなくてはね」


 複数の声が重なったような、不快な声音だ。

 聞くに堪えない。そんな苛立ちから、剣の柄を強く握った、その瞬間。

 

 ゴゥン!

 握った手のすぐ側に小さな魔法陣が光を放った。

 

「さすがは閃光姫ってところか。さっそく防がれちゃったよ。お前、見えてる(・・・・)んだな」


 何を?

 ギーゼロッテは混乱の渦中にあった。

 

 今のは自動で防御魔法盾が発動して『何か』を防いだのだ。その正体を彼女はまったく予想できていない。

 

「仕方がないな。こうなったら『下手なテッポウ』作戦だ」


「なに、を……?」


 疑問の声をかき消すように、ギーゼロッテの周囲でいくつもの魔法陣の光が弾けた。

 四方八方からくる正体不明の攻撃。

 そのすべてが見えない。感じない。出所の予測すらできない。


(まずいわ、このままでは――)


 自動防御が追いつかない。ギーゼロッテは剣を抜けず、全魔力を防御に回した。

 

 攻撃はさらに勢いを増し、苛烈になる。

 小さな魔法陣は彼女の周囲を覆い尽くすほど生まれては消え、室内は竜巻が吹き荒れているかのように破壊されていった。

 

(嘘よ、嘘だわ、どうしてわたくしが、こんな……)


 魔王と対峙したときでも、ここまでの窮地には陥らなかった。

 詠唱する隙がない。だから魔力を大きく消費する無詠唱に頼らざるを得なかった。

 もちろん反撃する間もなく、無為に魔力だけが減っていく。


(いつまで続くのよ……?)


 魔王を滅した自分は、この国で――いや世界でもっとも現在魔法レベルが高いとの自負がある。従って内包する魔力も随一のはず。

 詠唱していないのは相手も同じ。

 だというのに、黒い男は攻撃の手を休めるどころか、勢いは増す一方だった。

 

(もう、ダメ……魔力が……)


 尽きる。

 その瞬間には、自己強化分の魔力も防御に回している自分は、ただの肉塊になり果てると恐怖した。そのときだ。

 

 ぴたりと、まさしく嵐のような攻撃が止まった。

 

 ついに、ようやく。

 

(あちらの魔力が、尽きた……)


 だがそれは彼女も同じ。しばらく彼女の周りを囲んでいた魔法陣が、輝きを失い消滅したのだ。

 あと数秒、あちらが攻撃を続けていたら。

 嫌な想像を振り払い、ギーゼロッテは瞳をぎらつかせた。

 

(魔力が尽きても、わたくしには――)


 まだ『光刃の聖剣』がある。

 彼女は剣技においても国内随一を誇った。たとえ自己を魔法で強化できなくても、聖剣本来の切れ味があれば、無手の相手を圧倒できる。

 

 ところが。

 黒い男は彼女を絶望に叩き落す言葉を、告げた。

 

「やっぱ砕くのは無理っぽいな。んじゃ、次は(・・)斬ってみるか」


「……ぇ?」


 砕くのは無理? さっきは散々魔法陣を砕きまくっていたのに、あの男は何を言っているのだろう? 砕かれては現れていたのを、誤解しただけ?

 

 いや、それよりも――――――〝次〟?

 

 ヒュン、と。

 風の音がすぐ近くで聞こえた、気がした。妙だ。同時に首筋に熱いような、冷たいような不思議な感覚。


 ぐらりと視界が揺らいだ。

 直後、世界が暗転した。

 

 

 

 

 


 

「あっぶねー。危うく殺すとこだったぞ」


 意識が束の間(・・・)途切れていた彼女の耳に、小さなつぶやきは届かなかった――。


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アニメ化したよーん
詳しくはアニメ公式サイトをチェックですよ!

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