新たなる〝神〟的ななにか
学院長室のソファーに腰かけ、テレジア・モンペリエは息をつく。
(ルシファイラとの接続が途絶えましたね)
向かいのソファーでは女子生徒が一人、眠っていた。
本来の髪や肌の色とは異なる、大人びた彼女はヴァリ・ルーシアとしてこの学院に在籍している。ルシファイラの眷属、魔人ヴァリである。
(ルシファイラの存在自体も感じられません。おそらくはシヴァが……)
完全に消滅させたのだろう。
ヴァリはルシファイラの緊急避難用の器としての機能もある。彼女とのつながりが断たれたのなら、魔神ルシファイラが生きているとは考えにくかった。
もっともテレジアはこのとき、同化したギーゼロッテ共々、と考えていた。だからこの後、王妃が国家反逆罪で投獄されるに至った状況をしばらく理解できなかった。
さておき。
(シヴァ……彼はいったい何者なのでしょうか)
候補に挙げられるのは片手の指の数で事足りる。その中でも三主神のひと柱を担う者が頭に浮かんだ。
好戦的ではないし、むしろ他者との融和、協調を好む者ではある。
しかしその強さは異質にして異常。三主神の中でも突出していた。
誰にも手綱を握らせず、ひとたび牙を剥けば手がつけられない、狂犬じみた厄介な性格。一方でその生をとにかく楽しみたいとの欲に満ちていた。
(注視を続けるか、仕掛けるか……)
いずれにせよ相応の覚悟が必要だ。
考えるうち、
「ぅ、ぅぅ……ん……?」
ヴァリの意識が戻った。
薄く目を開け、状況への理解が追いつかない彼女に、テレジアは優しく微笑みを投げた。
「恐れることはありません」
その瞳が、赤く変貌する。
「ぅ、ぁ……」
「貴女は解放されたのです」
テレジアが立ち上がり、ローテーブルを回って歩み寄る。
ヴァリは寝たまま体が動かせず、とめどなく汗が噴き出してきた。
「大丈夫。殺しはしません。それは本意ではありませんから」
顔を、鷲掴みにされる。
「けれど貴女から私の情報が漏れては困ります。その意味ではアレクセイ・グーベルク君も危険ではあるのですけれど、まああの子は大丈夫でしょう」
意識が暗い淵に落ちていく。
「貴女はこれよりただの女子生徒。記憶を失くした、哀れな少女にすぎません。そういうことに、しましょうね」
最後はプツリと、何かから切り離された音が鳴った――。
学生寮の自室で、ユリヤ・マルティエナはベッドに腰掛けていた。
彼女の傍らには〝弟〟のウラニスが立っている。
本来なら女子寮に男子生徒は立ち入れないが、ウラニスは常に彼女のそばにいる。むしろ男子寮の自室には入寮したとき以外は寄り付いていなかった。
「どう?」
たったそれだけの質問に、ウラニスは正しく回答した。
「シヴァとハルト・ゼンフィスは同一人物だな」
ユリヤは足をぶらぶらさせる。
「なぁんだ、つまらないの」
「オレは安堵したがな。あれほどの実力者が同じ勢力に二人いるなど厄介この上ない」
「それはそれとして、よ。別人なら『どっちが強いのかな?』って楽しみがあるじゃない」
ユリヤはベッドからぴょんと降りる。
「もうすこし調べてみたいわね」
「推奨はしない。奴は〝天眼〟の使い手だ。今は味方と認定されているからオレたちは対象になっていないが、下手に嗅ぎ回ればすぐに察知される」
「むぅ……、まあ仕方がないか。べつに敵対したいわけじゃないし、むしろシャルとはずっとお友達でいたいしね」
屈託のない笑みであるのに、「でも」と続ける。
「〝彼女〟は流石に危険視してしまうわよね。どうしよう? 伝えない方がいいかな?」
「テレジア・モンペリエに、か。伝えれば確実にハルトを我ら三主神の誰かだと勘違いする。今現在も勘違いしている可能性が高いが、確信に変わってしまう。同時にオレたちの正体も察するだろう」
「そうよね。じゃ、やめておくわ」
実にあっさりしたものである。この瞬間から、ユリヤは別のことを考え始めた。それを知りながら、ウラニスはあえて話題を戻した。
「オマエは、どうしたい?」
言葉足らずのようでいて、ユリヤもまた半身が伝えたいことは理解している。
「楽しみたいわ。今の、この世界を」
無垢なる笑みは貼り付けただけの偽物に映るも、彼女の本心に違いなかった。
ウラニスはさらなる核心に迫る。
「どう楽しむ?」
答えなど訊かずとも知っていた。
けれど言葉にすることで、彼女は明確に意識する。それは彼女の半身としての――ウラニスという名の魔法具の役割だった。
「そうね、やっぱりシャルと魔法少女を続けていたいから――」
用意をしなくちゃね、と。
爛漫の笑顔で言った。
――正義の魔法少女が倒すべき、悪を。たっくさん。
七章はこちらで終幕となります。
王妃さんも退場したので全体的にもひと区切り。
次章からの魔法少女たちの活躍をご期待くださいませ。(ん?)
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