悪者の最後ってのはこんなもんでしょ
俺は実の母親への最後の親孝行とばかりに、ぴっちりスーツの胸元を破り去った。
「………………ぇ?」
しばらく放心してからの驚きの声は、かすれるほどに小さい。
「その紋章……まさか――」
いったん、言葉が途切れた。
「ぅ、そ……、違、う。違うわ。そんなはず、ない……」
どうやら認めたくないらしい。まあ『わたくしってばこんな強い子を産んでいたのね!』みたいな反応されても困るが。
とりま、ここはきっちりと認識してもらいますかね。
「俺は地獄から舞い戻った。俺を捨てたお前たちに復讐するためにな」
「ひ……」
ちょっとすごんでみたらめっちゃ怯えてる。
「ち、違うのよ、アレはわたくしではなく、ジルクが……国王が命じたから仕方なく――」
「いや、お前も同意したろ? 俺聞いてたし」
実際には聞いてないのでハッタリではあるのだが、
「――っ!」
両目を見開いてびっくりする様から事実であるのは確定的に明らか。実にわかりやすい。
「ま、今のお前は俺が直接手を下す価値もない。一度は〝神〟の力を手にしたお前が、人の手によって断罪されるのも一興ってね」
わなわな震えるギーゼロッテに、最後通牒を突きつける。
「自己正当化は得意だろう? 命が惜しいなら、檻の中で並べられるだけの御託を考えておくんだな」
「ちょ、待っ――」
待たない。
俺はギーゼロッテの足元に穴を開けて落っことした。奴は謎時空を経由して――。
――どさっ。「きゃっ!?」
自分の部屋に落っこちた。
「今、王妃の声が聞こえなかったか?」
「ああ、こっちだ」
ドタドタと複数の足音。
「いたぞ!」
屈強な兵士や高位の魔法使いたちがぞろぞろやってきて。
「ギーゼロッテ、貴様には国家反逆の嫌疑がかけられている。大人しく従ってもらおう」
ゴルド・ゼンフィス辺境伯が冷ややかに告げた。
「ち、違うの、違うのよ! わたくしは悪くない。だって魔神にこの体を乗っ取られていたのだもの!」
「……」
事情を知る辺境伯は険しい顔つきをしているものの、周囲はぽかんとしたあと冷笑を浮かべる者たちが出る始末。
「証人だっているわ! アレクセイ・グーベルクやザーラ・イェッセルもわたくしのように魔神に憑依されていたの」
この二人の口止めは難しくない。シヴァモードでお願いしておこう。
ギーゼロッテ、髪を振り乱しての叫びは止まらない。
「それからシヴァ! 黒い戦士よ。あの男が魔神を倒してわたくしから切り離したの。ええ、そうよね、彼には王妃として褒美を与えなくてはね」
いやいやいや、ここでシヴァに縋るとかないわー。
シラを切りまくりますけど?
てかもうこいつ、錯乱して自分が何しゃべってるかわかってないんじゃ?
「顔を見たわ。黒髪の、わたくしに似た愛らしい顔よ。彼が、わたくしを……救って……救う? わたくしを? ちが、ぃゃ、殺され……ひぃ! 違うの! わたくしが捨てたんじゃないわ! 国王に命じられて――」
テンパり具合が天元突破って感じか。
さすがに父さん――辺境伯が遮りにかかる。
「言い訳は特別法廷で聞こう。身柄を拘束して連れていけ」
低く言い放つと、屈強な兵士たちがギーゼロッテを後ろ手に縛り、両脇を抱えて持ち上げた。
「待って! まだいるわ! 魔神と知り合いで、わたくしの身体が乗っ取られてからも話をして、あのほら、あいつ、だからえっと、名前……あれ? どうして、出てこないの……?」
また妙なことを言い始めたな。
ま、作戦はこれ以上ないくらい成功って言えるだろう。
魔神がどうとか、父さんは知ってるけど一般には信じがたい話だ。ギーゼロッテを信奉してる連中も、この混乱っぷりを見れば愛想尽かすんじゃないかな。
正体を晒して煽った甲斐があったというもの。
これでギーゼロッテはたくさんの悪事を暴かれて、断罪されるのは確実だ。
めでたしめでたし――と。
父さんが、引きずられていくギーゼロッテから視線を外して顔を上に向けた。俺が見ている方向からわずかにそれてはいるものの。
「すまんな……」
べつに、辛い思いはしていない。
あんなクズを親だと思ったことは一度もないし、なによりこの世界での家族は、いつも俺を気にかけてくれていると知っているから――。