用意周到な魔神さん
巨大合成魔獣は跡形もなく消え去った。爆発の余波なのか、地面が大きく抉れている。
王都城壁まであと少し。
「危ないところでしたね。なんとか間に合いました」
シャルロッテはコックピットで安堵の息をつく。イリスフィリアやマリアンヌもほっとした様子だ。
と、抉れた地面に人影を見つけた。
「おや? あれはアレクセイさんですね」
大きく手を振る、すらりとした男子学生。
彼には通信用の魔法具を渡していたなと思い出し、シャルロッテは呼びかけてみた。
「アレクセイさん、何かご用ですか?」
「シヴァから伝言を頼まれてね。それと、コレを」
掲げてみせたのは、金属製のカードだ。
「もしやルシフェル・カードですか!?」
「ああ。ここに落ちていたのを見つけたんだ。先に回収してすまなかったね」
「いえいえ、ありがとうございます。それで、伝言とは?」
アレクセイはカードを振りながら悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「カードの封印方法を見つけた。これで魔神の力は完全に封じられる。カードを手渡すついでに伝えたいのだが、こっちに来てくれるかな」
彼には珍しい表情だな、と思いつつも、兄ハルトが最後の宿題を託したのだと考え、シャルロッテは無警戒で応じた。
「わかりました。すぐに向かいますね」
思い立ったらすぐ行動。それがシャルロッテのよいところでもあり、時に危険を招くところでもあった――。
もはや死に体。この肉体は数分と持たずに朽ちるだろう。
ルシファイラはしかし、勝利が確定したとほくそ笑んだ。
遠く、王都城壁の間近に立つ巨大な人形の物体。
おそらくシヴァが用意した攻防に隙のない、本体を守るための魔法具だろう。
その内部に留まられては手の出しようがない。
だがそんな事態もルシファイラは想定し、アレクセイ・グーベルクに仕込みをしておいたのだ。
精神は支配した。
しかしルシファイラと繋がっているとの記憶は排除した。彼はただ、『シヴァをダシにしてシャルロッテとの接触を試みる』との命令のまま動いているに過ぎない。
そして彼の体には、シャルロッテに触れた瞬間――カードのような小さな物体を介するとしても――大爆発を起こす魔法術式を刻んであった。
シャルロッテには堅牢な防御結界が施されている。しかも転移魔法を応用した、攻撃そのものを別の場所へ移すものもあった。
(でもそれが突破できるのは、さっき証明されたわ)
いかなる魔法術式も斬り裂ける『光刃の聖剣』。その機能を切り出して、アレクセイの身体に刻んでもいたのだ。
防御を消し去っての大爆発。
しかも敵意や悪意がまったくない相手から、接触するほどの至近距離で発動したのなら。
(大丈夫、今度こそやれる。シヴァはこちらに気を取られている。咄嗟にあの娘を守れるはずはないわ)
シヴァに視線を向けながらも、視界の端で二人の状況を把握する。
アレクセイが手にしたカードを差し出した。
シャルロッテはそれを大事そうに、受け取った。
「あははははっ! わたくしの勝ちね! シヴァア!!」
先ほどシヴァに撃ち放った魔法弾の大乱射、それを一発に凝縮したほどの大爆発が今まさに――「あ、ぁれ……?」――起きなかった。
カードはシャルロッテに渡り、アレクセイはにこやかにシャルロッテに話しかけている。
「どう、して……?」
仕込みは完璧だった。だというのに何も起きない。遠隔で術式を発動させようとしているのに反応が微塵もなかった。
「なんなんだよ、さっきから……ああ、アレか」
シヴァが振り向き、シャルロッテたちの様子を見やった。そして衝撃の言葉を寄越す。
「残念だったな。アレクセイ先輩は元に戻ってるよ」
「……は?」
ルシファイラはかすれた声を出すのが精いっぱいだった――。