楽しそうならよかろうなのだ
ゴルドがみやる先では、白い髪をした褐色肌の子どもがしゃがんで地面を見つめている。
(遺跡の奥底で迷子になっていたという娘か。たしかメルといったか)
ハルトが遺跡探索の課題中に保護したらしい。今回、なぜかフレイにくっついてきていた。
「……これ、なに?」
メルが眼下の地面を指差した。
フレイと一緒に覗きこむも、なんの変哲もない石造りの道路があるだけだ。
「何もないぞ?」
「メル、これ知ってる」
「いや知っているなら訊くな。というか何があるのだ?」
メルは口では説明が難しいのか、困ったように眉尻を下げて押し黙る。
「ぅ〜……」
そして指差した石造りの道路を小石でガリガリし始めた。
「何をしている?」
「しるし、つけてる」
「なんのために?」
「ママに言って、けしてもらう」
「いや、いずれ消すくらいなら印をつける意味などないだろう?」
疑問を投げてもメルは止まらない。
後ろでやりとりを見守っていたゴルドがハッとした。
「消すのは印ではなく、そこにある『何か』だろう」
「だからそれが『なんだ』という話なのだがな」
呆れるフレイをひとまず置いて考える。
(見えない何か…………何らかの、魔法術式か)
ひらめきが、深刻さを一気に押し上げた。
なにせハルトに伝えて消してもらわなければならないほど危険なものだと、メルは感じているのだ。本人にそれほどの自覚はないようだが。
(フレイの嗅覚や魔力探知能力をもってしても気づけないほど巧妙に隠されているのなら、極めて危険な効果があるのかもしれん)
以前、王都の各所で発生したエルダー・グールの召喚魔法陣。
(アレよりもっと悍ましい術式であるような……)
怖気が背に伝った。
(すぐに消さねば――いや待て。こんな場所にひとつだけなはずは――)「っておい、二人ともどこへ行く!?」
フレイはメルがガリガリしていた箇所に爪を伸ばして『×』印をつけた。
それを見てメルが立ち上がり、てってけ駆け出す。
フレイはその後を大股で追いかけた。振り返らずゴルドに応じる。
「どうやらそこらにあるらしいな。面倒だがひとつずつ印をつけるほかあるまい。うん、本当に面倒だな……」
愚痴りながらも、メルが指し示す先に『×』をつけていく。
「それが何か、わかったのか?」
「わからん」
清々しいほどの即答だった。
けれどフレイは続ける。
「わからんが、小娘がそうしたいなら手を貸すだけだ。ハルト様に『ちゃんと面倒を見ろ』と命じられたからな」
そら見ろ、とフレイが振り返る。
「小娘は、楽しそうだろう?」
たしかにメルはキャッキャとはしゃぎながらあっちこっちを指し示し、フレイが爪で印をつけるたびに笑みを咲かせた。
そんなメルを指して『楽しそう』と告げたフレイもまた、
「ああ、楽しそうだな」
屈託のない笑みになっていた――。