根回しとやらはほぼ終わり
学院で熱戦が繰り広げられている最中、ゴルド・ゼンフィス辺境伯は王都のとある貴族邸の訪問を終えた。
従者たちと共に門を出ると。
「遅い! ハルト様の試合を見逃してしまうではないか!」
赤髪のメイドが憤慨していた。耳と尻尾を隠したフレイだ。
「決勝が見られればいいのだろう? まだ時間はある」
「むぅ、たしかにシャルロッテたち以外ではハルト様がわざわざ手を下すまでもないか。というか、そもそもなぜ護衛の私を中に入れないのだ?」
「だから着替えてくれと言っただろう? さすがにメイド服姿の従者を連れてはいけない。正式な会談だからな」
「ふっ、これはハルト様にお褒めいただいた我が唯一の仕事着だ。他のものなど着ていられるか!」
実際のところ、連れて行けば揉め事を起こしかねないので服装問題にすり替えただけだ。
「で? 首尾はどうだったのだ?」
腕組みしてふんぞり返るフレイに苦笑しつつ応える。
「上々だ。シヴァが入手してくれた情報が大いに役立ったよ。言い逃れできないと観念したらしく、青ざめていろいろ話してくれた」
「うむ、さすがは我が主」
満足そうなフレイに思わず頬が緩んだものの、すぐさまゴルドは表情を引き締めた。
「これで準備はすべて整った。あとはあの女狐を追い立てるだけだ」
王妃ギーゼロッテがルシファイラ教に不正な資金を流している噂は事実として立証された。しかも国家転覆を企んだ、先の王都騒乱事件でも首謀者に名を連ねていると判明したのだ。
他にも大小さまざまな罪は枚挙にいとまがない。
最悪の場合は力尽くで王妃を処断するつもりだったが、こうまで犯罪行為に手を染め、証拠も残してくれていたなら正攻法で追い詰められる。
「とはいえ、あの女の強さは儂も身にしみている。加えて魔神、というのだったか、そんなものの力を手にしているとなれば、取り押さえようにも甚大な被害が出るだろう」
「……」
フレイが押し黙る。彼女も魔王を倒された恨みが少なからずあるだろう。しかし自らその役を買って出ようとはしなかった。
「また、シヴァの世話になるな」
「あのお方は初めから決めておられた。貴様らが負い目を感じる必要はない」
因縁のある相手だと、暗に語っているようだった。
(聡いあの子のことだ、やはり知っていたのか。自らの出生を……)
フレイが語ったのか、自ら辿り着いたのか。
いずれにせよ、実の親に捨てられたと知りながら受け入れて、明るく過ごしているのは喜ばしく、同時に父と呼んでくれるのが誇らしかった。
決戦のときは近い。下手をすれば今日、ということもあり得る。
「では、儂は王宮に向かう。護衛は頼む。儂の、ではない。ハルトとシャルロッテの、だ」
ギーゼロッテを失脚させるに十分な証拠は集まった。この時点でゴルド自身が抹殺されようと流れは止められない。
だから守るべきは次代の若人。我が子二人にこそ生きていてほしい。
「ふん、ハルト様やシャルロッテに私の護衛などいるものか。貴様は大人しく私に守られておけ。決勝戦を直接見られんのは残念だがな」
自信満々のフレイに笑みを返すも、
「それはそれとして少し待ってほしい」
ん? とゴルドが首をかしげる中、フレイはぐるんと振り返り、
「おい小娘、さっきから何をやっている?」
白い髪をした褐色肌のお子様がしゃがんで地面を凝視していた――。