知らない間の退場者
アレクセイがヴァリを見送ると、
「お疲れ~」
のんびりした口調で全身真っ黒な男が現れた。
「シヴァ、これで残るカードはあと一枚。エンディングはきちんと考えているのだろうね?」
「ん? まあな。つっても状況次第ではあるんだけど、ね」
このところ、シヴァは砕けた口調で応じることがある。こちらを信頼してくれている、のではなく、おそらく緊張が解れたときに〝素〟が現れるのだろう。
(そう、〝素〟の彼はこちらなのだろうな)
ふだんがあまりに仰々しくわざとらしかったから、演技しているのは明らかだった。
その意図が正体を隠すためならば、あまりにお粗末。
しかし本人は無自覚な様子ながら〝素〟を見せておいてなお、取り繕わないのが不可解だ。しかも――。
「そうだよなぁ、状況によってはあいつと直接やんなきゃなんだよな。不確定要素は全体的に排除しとかないとな。うん、アレとかコレとかちゃんと調べとくか。面倒だけど」
一人で納得した風のシヴァはやはり、
(あからさまに〝彼〟を想起させるほど似ている)
実力が未知数――限界が測れないとの点でも共通していた。
多くの状況証拠が『二人は同一人物』と示しているものの、
(二人が同時に存在するという矛盾が、決定的な否定要素となっている)
しかし、それもまた『実力の上限が測れない』ゆえに反証できるかもしれないのだ。
少しカマをかけてみるか。
「そういえば先日、ゴルド・ゼンフィス辺境伯が私の屋敷を訪ねて来たよ」
「……ほう?」
空気が、あからさまに変わった。
「グーベルク家の立場を明らかにしたい、とね。どうやら、本格的に王妃を糾弾する腹積もりのようだ」
「……お前はどう答えた?」
「もちろん王妃の横暴は許しがたい。しかし魔神ルシファイラが彼女の中で力を増している現状、表立って協力すればこちらの命に関わるのでね。明確な回答は避けさせてもらった」
今さら命は惜しくない。
だからこの場のやりとりさえ、今の自分は楽しんでいる。
「とはいえ、君がなにかしら動いているのなら話は別だ。もしゼンフィス辺境伯と示し合わせているのなら、協力は惜しまないつもりだよ」
「……」
「図星か。どうやら君は辺境伯と強いつながりがあるようだが――」
「そこまでにしておけ」
静かな声音はしかし、押しつぶされるほどの〝圧〟があった。
「俺に興味を持つのは構わないが、ゼンフィス家に深く関わろうとするなら――」
続く言葉は予想できた。
だから聞くまでもない。
「ああ、肝に銘じておこう」
今さら命は惜しくない。
けれど強烈なまでの〝生〟を実感できる今を、手放したくはなかった。けれど――。
「――っ!」
シヴァを見送ってのち、頭の奥深くでずきりと痛みが生まれた。
「これは、まさか……」
くぐもった声がする。何を言っているのか判然としないが、
「もう、これほどまでに……」
何をされるかは、理解してしまった。
(私はここで退場か。しかしせめて、見物くらいさせてくれてもいいのではないかな?)
もはや声を出すのもままならず、儚い希望を思い描いてみる。
(そう、か……。感謝、す……る…………)
意識が霧に包まれる。やがて彼の奥底で、ぷつり、と音が鳴った――。