兄も知らない必殺技
腕を止めるべきか? と考えた次の瞬間。
どどーんっ!
大きなこぶしが地面を穿つ。そこに、ユリヤの姿はなかった。
潰されたのではない。もちろん受け止めたのではなく、避けたようにも見えなかった。
ただ、消えたのだ。
そして彼女の身体は巨大洗濯機の背後にあった。
「転移、魔法……?」
マリアンヌお姉ちゃんのつぶやき。
そう、なのかな? なんか違う気がする。説明が難しいのだけど、俺が謎時空につなげるときみたいな空間の揺らぎみたいなのが感じられなかった。
まあ他の奴が転移魔法を使ってるの見たことないし、俺が使うときだけの感覚なのかもしれんけど、でもやっぱり今のはどっちかっていうと、
「残像! ですね!」
そうそう、それそれ。
一度はやってみたいアニメ的演出のひとつ。俺もまだやったことないな。いつかやってみたいな。
「昨日の夜いっしょに見た十六話でラブキュアたちのお師匠さまが指南していた、あの!?」
「幻影だけだとぶれてしまうから、すこし空間を固定してみたの。どうだった? うまくできていたかな?」
「はい! まったく気づきませんでした!」
「そう、よかったわ。でもわたし自身は影を薄くする程度での高速移動だったから、注意深く探られるとすぐバレちゃうのよね。対策が必要だわ」
アニメの技を即興で再現とかすげー。なにより楽しそー。
さて、楽しい時間を続けていたいけど俺が疲れてしまう、ので。
「シャル!」
俺は唐突に叫んだ。
「今こそアレをやるときだ!」
アレとは何か? 実のところ俺も知らない。
だがこんな風に言ってやれば賢く想像力豊かな我が妹のことだ。
「はっ!? アレですね!」
うむ、何かひらめいたようだ。
「ユリヤさん、ぶっつけ本番ですが、アレをやりましょう!」
ん? ユリヤまで捲きこんで何を?
「アレ? ……ああ、アレね♪」
ユリヤは最初こそきょとんとしたものの、得心したような表情になった。
ホント仲良くなったね、君たち。
若干の疎外感にダメージを受けつつも、俺はやることがたくさんあるので集中する。とりま二人が何するか知らんが洗濯機魔物を破壊しないよう防御を固めねば。
ユリヤが後方へ跳んだ。
シャルもそこへ降り立った。
二人、背中を合わせ、巨大洗濯機へ半身の態勢になると。
「準備はいいですか?」
シャルが魔法のステッキを突き出す。
「ええ、いつでもどうぞ」
ユリヤも片手を突き出す。
「それでは参ります!」
二人が伸ばした腕の先。
巨大な魔法陣が現れると、さらにひとつ、ふたつと重なって魔法陣が前方へ描かれていき、
「「ツイン・サテライト・バスター!!」」
掛け声も高らかに、白と黒の光が螺旋を成して巨大洗濯機へ撃ち放たれた。
「~~~~っっ!?!?!?」
声なき声を上げたのはマリアンヌお姉ちゃん。
白と黒の光線はやがてひとつにまとまって、巨大洗濯機へぶち当たった。
眩いばかりの光が辺りを白に染め上げる。
やがて光の奔流が薄れると、巨大洗濯機は元の状態に戻り、その場でしゅわしゅわ湯気を出していた。
ちなみにですが。
眩いばかりの光は俺が演出したものだ。それで目をくらませているうちに、なんかすごい威力の光線を謎時空に吸いこみ、巨大洗濯機の手足や目を消した。湯気は『元に戻ったよ』とばかりの演出であり、激しい動きのせいかちょっとひびが入ったところを直したり、汚れも落として、そうそうカードも準備してね。
刹那の時間にいろいろやった。疲れました。
「やりました! ユリヤ、成功です!」
「……」
きゃっきゃと跳ねて喜ぶ我が妹に対し、謎の美少女留学生はどこか狂気じみた笑みで巨大洗濯機を凝視していた。
そして全速力で駆け寄るお姉ちゃん。
「だ、大丈夫でしょうか? どこか壊れていませんか? 術式が削れていたりは――」
その辺りは問題ないと思うのですけれど、もしなんかあっても今夜こっそり直しておきますです、はい。
ユリヤがちょっと不満そうに言う。
「やっぱり技名だけじゃ物足りないわね」
「そこに至る過程が重要、ですか」
「そうね。せっかく二人でやる魔法なんだし――って、あれ? これって何かしら?」
ユリヤが足元に落ちていた金属板を見つけた。拾い上げる。左腕が描かれた金色のカードだ。
「それこそが魔神さんを復活させるルシフェル・カードです」
「ふぅん……」
しばらく眺めていたユリヤだったが興味がわかないのか、「はい、あなたのものよ」とシャルに手渡した。
「なんだかよくわからないけど、面白かったわね♪」
それでも満面の笑みを浮かべるユリヤ嬢。
そういえば。
「……」
離れたところで終始無言で傍観者を貫いていた弟君は、マジでなんもしてなかったんだろうか――?