場が混乱したときの最適解
「まあでも、魔法レベルが低い人たちには魔法具だとありがたいんじゃないか?」
「ハルト君……」
ふぅ、俺のフォローでお姉ちゃんの目に光が戻ってきた。
ここは畳みかけよう。
「それにしても、洗濯用の魔法具なんて庶民的ですよね。王族がそういった視点を持つのはとてもよいことだと思います」
「そ、そうでしょうか?」
テレテレするお姉ちゃん。ふぅ、やりきったぜ。
と、一安心していたら。
「あなたって王族なの?」
ユリヤが身を乗り出して尋ねた。
応じたのは我らがシャルロッテちゃんだ。
「そうなのです。マリアンヌさまは王女殿下さまなのです!」
どうやら自己紹介はまだだったらしい。たぶんユリヤが勝手にうろちょろしてたからだな。
「王女……王国のお姫様ね!」
金色の瞳を輝かせる留学生さん。帝国のお姫さまって貴族のご令嬢でも会いにくいのかな? そもそもいるのか知らんけど。
だがユリヤの興味は身分がどうとかではなかったらしい。
「王国の純血統には王紋が現れるのよね? どこにあるの? 見せてはもらえないかしら!」
王国の血統に現れる不思議な紋章――それが王紋だ。不思議なものではあるけど、ぶっちゃけ身分を証明するくらいしか使い道がないもんだよな?
「アレは少ない魔力で魔法力を高める効果がありますが、強力な効果であるがゆえにおいそれと使うわけにはいきません。申し訳ないのですけど……」
ぇ、そんなマジモンの効果があったの? 知らんかった……。
「っ!? 何を――」
断られたら諦める。そんな殊勝な性格では、ユリヤはないらしい。
ユリヤは畏れ多くもマリアンヌ王女の左手を取った。ぐいっと引き寄せ、珍しく笑みを抑えて手の甲をじぃぃぃっと凝視した。
「………………世代継承の術式が独特ね。たしかにこれなら何代も続けて継承できるわ。しかも劣化はほとんどない――いえ、欠陥や欠損を自動修復する機能があるのね。すごーい」
やや棒読みなのは集中しているからだろうか。なんとなくティア教授みを感じる。
一方、マリアンヌお姉ちゃんの顔がこわばった。
「どうして、そんなことまで……」
「でも継承が強固に保証されるなら何代も重ねていくうちに王紋の継承者は増えるはずだけど……、あ、特殊な儀式で完全に停止できるのか。ねえ、王位継承の儀式をやると、王位を与えられなかった王紋所有者はそれが使えなくなるの?」
「は、はい。王紋は、消え去り、ます……」
「ふぅん、でも王位継承者が死んだら再び機能を取り戻す、か。なかなかよく考えられているわね。ただまあ、術式自体は雑って言えば雑だけれどね」
元の笑みに戻ったユリヤは失礼なことを言いつつも、
「ねえ、すこしだけでいいの。発動しているところが見たいわ。ダメかなあ?」
「ぅ……」
あざとい。上目遣いにお願いするユリヤあざとい。
そしてマリアンヌお姉ちゃんは年下に甘えられるのが弱いのか揺らいでいる様子。
「す、すこしだけですよ……?」
ほんのり頬を赤らめたお姉ちゃんは咳払いをひとつ。真面目な表情に切り替えた。
左手を前に、甲は上に。
なにやら詠唱をつぶやき、周囲にかすかな風が生まれると。
「わあ♪」
左手の甲にうっすら光りを帯びた文様が浮かぶ。それは輝きを増していき、やがて弾けるように消え去った。
「ふぅ……、これでいいですか?」
マリアンヌお姉ちゃん、特に魔法は使っていないのに額に汗を滲ませていた。わりと気合とかいるっぽい。
「ええ、大満足よ。お願いを聞いてくれてありがとう♪」
屈託のない笑みに、つられたのかお姉ちゃんまでほっこり笑顔。こっちまでほっこりしちゃうね、などと気を抜きまくっていたら。
「やっぱり、兄上さまのものとそっくり――っ!?」
ハッとして口を手で覆うシャルロッテ。
強張るマリアンヌお姉ちゃん。
目を輝かせたユリヤが「ハルトにもあるの!?」飛びかかる勢いで迫ってきました。
「そんな……これは王族にしか現れない……いくら親戚筋でも、いえ、ハルト君はそもそも一般の――」
疑念渦巻きまくりのお姉ちゃん。
「どこ? どこに出るの? 服に隠されたところかしら? じゃあ脱いで」
無茶振りがすぎるユリヤ嬢。
「はわわわわ……」
大混乱中の可愛い妹。
ちょっと収拾がつかなくなってきたので、仕方がない。
混乱には混乱をぶつけんだよ!
と困ったときの格言を今思いついたので、俺はこっそりと結界をいくつも作った――。