お姫様のドヤ顔は長くもたない
全学年共通魔法技能考査はただの定期試験ではなく、一種のイベントに近い盛り上がりを見せている。それも一大イベントの類だ。
そのため学内のあちこちでそれに向けての準備が進められている。
「わあ! 兄上さま、あちらにも大きな四角い何かがありますよ!」
「真っ白で雪みたいね。でもこの季節に雪像なんて作るかしら?」
俺の前できゃっきゃとはしゃぐ女の子二人。
とにかく可愛いシャルロッテちゃんと、謎の美少女留学生のユリヤだ。
放課後の今、俺たちは学内を散策中。
騎士コースを選択した学生たちはそこらで試験科目の訓練をやっている。シャルたちもさっきまでイリス抜き(バイトのため不在)でなんかやっていたが、休憩がてらあちこち見て回っているのだ。休憩とは?
でもって対する博士コースの連中は研究室から飛び出して、空き教室やなんかで日頃の研究成果を形にしている真っ最中だ。
で、室内に収まらない規模の研究は外でやったりしているそうな。
「なんの研究でしょうか?」
「疑問が浮かんだのなら行って確認するしかないわね」
この子かなりアクティブだなあ。俺とは相容れないが、シャルはウキウキで一緒に駆けていく。なんかちょっと寂しい。
ところで。
「お前は行かんのか?」
俺の横でぼんやり佇む謎の美少年留学生。
「この距離ならユリヤの防衛に支障はない。オレがユリヤの視界に入ると楽しみを邪魔するかもしれないからな。この位置が最適だ」
なんか殊勝なこと言ってる。
「実は仲悪いのか? あんまそうは見えないけど」
「仲の良し悪しは、オレたちの関係にはない価値観だ」
小難しいこと言ってはぐらかすつもりかな?
と、我が天使シャルロッテちゃんがこちらに大きく手を振っている。白いヘンテコな立方体のとこにたどり着いたらしい。
「兄上さまーっ! こちらに来ちゃってくださーーーいっ!」
なんだろう? と歩き出す間に。
「はへっ!? ハルト君もいるのですか!?」
どっかで聞いたことのある声も流れてきた。
近づく。
知ってる人がいた。
「ハハハハルトきゅふんっ!?」
めっちゃ噛んでるその人は、この学院の生徒会長であらせられるマリアンヌお姉ちゃんだ。誰にも内緒だが俺とは母親違いの姉弟である。
しかもこの国の王女様でもあるんだけど、上着を脱いで腕まくりしていて作業真っ最中の模様。
「ご、ごめんなさい、こんな格好で……」
「いえ、こちらこそお邪魔してすみません。研究発表の準備ですか?」
「ええ。と言っても私は今回参加しませんから、同じ研究室の後輩の手伝いですけれどね」
聞くところによれば、全学年共通なんたら考査は一定以上の単位を取得していれば参加しなくていいらしい。
アレクセイ先輩情報だ。
あの人は卒業に必要な単位はすべて取得済みらしく、当然、今回の考査も参加しない。羨ましい。
にしても、王女様がお手伝いってすごいな。
「実のところ、かつて私が企画した案を後輩が受け継いでくれたのです。私としても愛着がありますし、ぜひとも成功させたいと思いまして」
この人こそクズ王に代わって今すぐ女王になるべきなんじゃないか? 俺的にはシャルちゃん推しなんだが。
ところで。
「これ、なんですか?」
白い、大きな立方体。各辺は三メートルほどある。
「これはですね――」
マリアンヌお姉ちゃんは大きな胸を自慢げに張って告げる。
「なんと! お洗濯を自動的に行う魔法具なのです!」
どうだーっと言わんばかりだが、待ってほしい。
洗濯機……?
「これが?」
巨大すぎやしませんかね。
なるほど、ただの立方体に見えたが、向こうの側面に移動すると五十センチ四方の扉が胸の高さくらいのところにあった。
「ここから洗濯物を入れて、ですね」
マリアンヌお姉ちゃんは次の側面にたったか走り、
「ここから水を補充して」
また洗濯物の投入口扉に戻ってきて、
「ここに手をかざして魔法を起動すれば、あとは勝手に洗ってくれるという代物なんです!」
再びのドヤァである。わりと珍しい表情なので新鮮でほっこりする。
「水を直接操作するには【水】属性の魔法だけで十分かと思ったのですが、それだけだと出力が足りませんでした。なので【風】魔法も絡めて、洗濯物を水流でぶつけて――」
得意げに解説するのもまた可愛らしくはあるのだけど。
「でも容量は少なそうね。洗濯できる量に比べて魔法具が大きすぎないかしら?」
うろちょろしていたユリヤが核心を突いちゃったよ。
「た、たしかに今は術式が複雑で魔法具そのものにも良質な素材が必要ですから、サイズが大きくなってしまいました。ですがこれはあくまで原型機。これをベースに更なる改良を加えてですね――」
「洗濯なら魔法具がなくてもできるわよね? 大量の水を持ってくるのなら、いっそ魔法で全部やってしまえばいいと思うわ。空中で水流を生み出せば場所も取らないし」
「へ?」
「そういえばわたくし、リザが魔法でお洗濯しているのを見たことがあります。シーツを一度に何十枚も、ユリヤが言ったやり方で洗っていましたね」
「ぁ、ぅ……」
マズいぞ。
無垢なる言葉の刃がお姉ちゃんの瞳からハイライトを削ぎ落としていく。
ここは俺がなんとかせねば――。