実在系オタクに優しい何か
姉の方は白だった、と思う。
んじゃ次は、と。
壁に背を預けている弟君に視線を移す。背中を向けてもらわないと見えないので、
「悪い、ちょっとあっち向いてくれる?」
お願いしたのにまるっと無視された。
「ウラニス、背中を向けて」
お願いしてないのにユリヤがそう言うと、弟君は何も言わずに背中をこっちに向けた。
俺は遠慮なく、再びじぃーーーっと見る。
うん、こっちも大丈夫っぽい。ちゃんと魔法レベルの数だけ糸があった。
もういいよ、との俺の言葉には反応せず、もういいわ、とユリヤが言うと元に戻った弟君。なんなのホントこいつ。
「すくなくとも魔人じゃないな」
魔族が正体を隠しているならそれはそれ。秘密を暴く必要性を感じない。フレイにしろリザにしろ、人と感性は異なるが『話せばわかる』部類だからな。
「ハルト様がそう言うなら、大丈夫かな」
リザの顔から安堵したように険が剥がれる。
俺が間違ってたら大問題なのでシャルの防御はもう二段くらい高めておこうそうしよう。
まあ、でも。
目をらんらんと輝かせてアニメを視聴する様子がシャルと重なる。悪い子じゃない気がするんだよなあ。
「てか、言葉わかるの?」
「そうね。ようやく慣れてきたわ」
「慣れるとかそういう問題?」
「言語的特徴がつかめれば、あとは慣れの問題よ。状況から単語は推測できるしね。ただ、概念として理解できない固有名詞が多いから、まだ苦労しているわ」
言ってる意味はよくわからんが、こいつがすごそうってのはわかった。
「あっ! 変身シーンが始まるわ! わたしこれ大好き! やってみたぁーい」
「実はわたくしもこの再現度で試してみたかったのです! あとで兄上さまにお願い――あ、いえその、お時間があればで、いいのですけど」
「ハルトにお願いすればやってくれるの?」
二人の視線が俺に注がれる。
いやまあ、やれんことはないけども。
「ハルトってすごいのね。さすがに光の演出をしながら衣装を切り替えるなんて、わたしには無理だわ」
「光をぱあーっとするのは、わたくしたちでもなんとかなりそうな気がします」
「わたしは属性的に『火』を使うしかないけれど、苦手なのよね。光系はシャルのほうが得意でしょう?」
「それだけに注力するならできそうですけど……あ、魔法具に術式を仕込んでおけばよいですね」
「今変身しているその子が付けている腕輪みたいな?」
「はい。魔法少女は変身するための道具を必ず持っているものです」
例外はあるが、みたいなツッコミはしない。
それよりこの二人、めっちゃ話が弾んでますね。
「はぁ~、やっぱりいいわね、変身って。衣装が変わると日常と非日常が切り替わる感じがするし、なんと言っても気持ちが盛り上がるわ!」
「はい、滾りますね!」
わかるわー。
ユリヤはバリバリの陽キャではあるのだろうが、オタク理解度が高い。まさか異世界に実在したとはな、オタクに優しいギャルってやつが。ギャル?
「ねえシャル、これ四騎戦でやると盛り上がると思わない?」
「たしかに! あ、でも同じチームになるかはまだ――」
「なれるわよ♪ だってわたしたち、こんなに仲良しなんだもの」
お子さまの希望を打ち砕くようで悪いが、君たちが同じチームになることはないのだよ。悲しいけど、現実なのよね。
落胆する二人の姿を想像して同情しかけるも、今からまたチームをいじくりまわすのはいろいろ危険だ。すでに学院長には渡っているはずだからな。
哀しみを軽減する意味でも、変身セットは用意しておくか。
「とりあえず二人のを用意すればいいか?」
「兄上さま!?」
シャルが飛び上がって驚き喜んでいる。ほっこり。
「できれば四人分お願いできる? ウラニスと、あとイリスのを」
なんでイリス? そっちともお友だちになったの?
変に追及するのもアレかなあと感じつつ、弟君のもやんのかよ、と不満たらたらに彼を見やると。
「オレも……アレをやる、だと……?」
初めて見る、絶望を滲ませた表情をしていた――。