見えなければ黒確定
大仕事を終え、俺は辺境伯領にある湖畔のログハウス――通称『引きこもりハウス』に戻って寝た。
壁の向こうから、きゃっきゃうふふと天使の調べが聞こえる。それを目覚まし代わりに、俺はのそりと起き上がった。
ドアを開け、広いリビングに入る。
まず目に飛びこんできたのは俺の足元で床にうつ伏せお絵描きしている褐色幼女。古い遺跡の奥深くで迷子になっていた不思議な子、メルちゃんだ。
「あ、ママだ」
なぜか俺をママ呼びするが気にしてはいけない。
腰をかがめて頭を撫でつつ、スケッチブックを覗きこむ。
「……これは?」
「巨大ロボ」
即答だった。
実際、戦隊モノ番組に出てきそうなゴッツゴツな重厚ロボットが極めて精密に描かれている。およそお子様の画力ではない。画伯とお呼びしても?
「好きなの? ロボ」
「ママが作るって聞いた」
まだシャルにも話してないのに。
まあ、誰に聞いたかは確定的に明らかだ。ティア教授には情報漏洩によってもたらされるであろう、あらゆる危険性をあとでじっくりねっとり説いておこう。
「じゃあ設計を頼む。あ、でもシャルたちにはギリギリまで秘密にね」
幼な子に無茶振りが過ぎると感じるも、メルちゃんは満面の笑みで「うん!」と嬉しそう。
いいことをしたなあ、とソファーに目をやれば。
「あら? ハルトもいたのね。うふふ、すごい寝ぐせよ?」
ころころと愛らしく笑う美少女は誰ですかね?
「ああ、ユリヤとかいう謎の留学生か」
「謎ってどういうことかしら? マルティエナ家は帝国でも古い家柄だし、わたしは次期当主としてわりと早く表舞台に立っていたし。それほど位は高くないけれどね」
おっと口に出ていたか。そもそも帝国のお貴族様事情なんて知らんがな。
ていうか、ですね。
「なんで君がここにおるのん?」
しかも大画面で魔法少女っぽいアニメ見てるし。
「シャルから『あにめ』のお話を聞いたの。とっても興味が湧いたから連れてきてもらったのよ」
おいおい、もうシャル呼びかよ。仲いいですね。ちょっと嫉妬しちゃう。
「兄上さま、ごめんなさいです。事前に相談もなく……」
「ああ、いや。お前が大丈夫だと思ったんならべつにいいんだ」
気になるとすれば、二人から離れたところでリザとユリヤの弟君(名前なんだっけ?)がなんか険悪な雰囲気を醸し出してるんだけど……いやマジでリザ、珍しく弟君を睨みまくってるな。対する弟君は無感情にユリヤを見つめている。なんなのコレ?
ちょいちょいとリザを手招きする。
険しい顔つきのまま寄ってきたリザに何がどうしたのか尋ねると。
「あの二人は、ただの人間じゃない」
いきなり物騒な話が飛び出したぞ?
ちなみに俺とリザの周囲に防音結界を張ったので声は外に漏れていない。
「姉のほうは自身を『魔法具でもある』と告白した。弟もたぶん似たようなものだと思う」
詳しく聞いてもよくわからん。体をいじくるってどんな感じやのん?
俺の眼球に張り付けた魔法レベル測定装置である『ミージャの水晶(改)』では特段おかしな点は見当たらない。まあこれ、魔族とか魔物でも同じように出ちゃうんだけどね。
仮に人ならざる者だったとして、危険な連中と言えば魔神とか魔人とかだろう。そいつらの判別方法はなんとなくわかっている。
じぃっと、ソファーに座ってアニメに食い入るユリヤの背中を見る。
なんとなく視線を感じるが無視し、じぃーーーーっと。
「見えるな。数も合ってる」
俺はがんばれば魔法レベルの概念的なものが視認できる。背中から糸みたいなのが最大魔法レベルの数だけ伸びていて、その内の現在魔法レベルの数だけ地面に刺さっているのだ。
魔神は知らんが魔人の連中は、この糸が見えない。いやもっとがんばれば見えるかもしれんが疲れるので見ないことにしている。
で、ユリヤのは普通に見えた。
続けて俺は視線を別のやつに移すのだった――。