予期せぬ事態は続けざま
ハルトは去った。
その後しばらくして、陽が沈む間際になってようやくチーム分けが完了した――わけではなく。
三名の担当教官たちは名簿を広げ、
「では最終調整を行おう」
オラトリア・ベルカムがそう宣言した。
「今回は例年に比べてうまくバラけた印象がありますが、しかし――」
「うむ、このチームだけ個々の実力が突出しているなあ」
視線が集まったのは、シャルロッテをリーダーとするハルトのチームだ。
「この兄妹はイリスフィリア君を含めて、オリンピウス遺跡の探索でかなり奥まで行ったそうですね」
「すでに卒業試験を突破するほどの実力を有していると考えていいだろう」
彼らが行っている最終調整とは何か?
抽選という運任せな方法を取る以上、あまりに強さが偏りすぎるのを防ぐため、担当者の裁量でチーム構成の変更が認められている。
むろん学院長に問われた際、その判断基準と変更理由を明確に伝えて了承をもらう必要はあるが、そもそも問われること自体が稀だ。よほどバランスに欠いた場合以外は。
「この三人はバラバラにするべきか」
「あとは帝国からの留学生姉弟ですが……こちらも三人とは別にしましょうか」
「実力は未知数な部分が多いが、魔法レベルを考えると妥当なところか。異論はない」
他の考査対象との相性や現在魔法レベルを鑑み、三人は協議を進め――。
「うん、これでよいでしょう」
別に用意した名簿に最終決定のチームを記した。
ハルトはすでに立ち去っている。安心しきって監視用の結界も残していなかった。
本来ならこのような事態を想定し、ハルトに注意を促す存在であるティアリエッタもまた、選考方法に深い理解があったわけではなかったのが災いする。なにせ他の教員たちとはほとんど交流がないため、情報がほぼ伝わっていないのだ。そして当然ながら、この役割に一度も選ばれたことはない。
こうしてハルトの望まぬチーム分けとなった、のだが――。
(どうやらようやく終わったようね。ホント、長かったわぁ)
教室の隅、壁に寄りかかって腕を組む女性がいた。
ブロンドヘアーで色白の肌。眼鏡をかけているが魔人ヴァリその人である。身を包む学生服は胸元が大きく膨れて弾けんばかり。
彼女は教室に覆われた堅牢な結界が消滅したあと、時間を置いて慎重に忍び入った。
いかに最高学府の教師であろうと、魔神より生まれし生粋の魔人が全力で気配を消せば、こうして近くで様子を窺っていても気づけない。
(四騎戦でシャルロッテ・ゼンフィスを勝たせるわけにはいかないのよ)
そのためには、彼女のチームを弱体化させなければならない。
のちの工作をしやすくする上でも、実力の劣る者たちばかりで構成すべきなのだ。
(身内のハルト・ゼンフィスや他の仲間たちも同様ね)
チームをバラバラにし、互いにつぶし合うよう対戦順を操作する。
そうして自身が所属するチームを優位にして勝利をもぎ取るのだ。
「では、学院長にチーム名簿を届けましょうか」
老いた教師が鞄に完成名簿を入れた。あとはしっかりと魔法で封印し、三人の教師たちで死守しつつ、万が一盗まれた場合でも鞄が名簿もろとも焼失するよう魔法をかける。
万全の体制はしかし――。
カツン……。
小さな物音に、三人の教師たちの意識がそちらに向いた。
ほんの数秒。
実際には全方位への警戒へ移行する、一秒にも満たないわずかな時間。
(そう、どんなに万全な盗難対策、不正対策をしていたって――)
ヴァリはにやりと笑う。
対策を施す前に入れ替えてしまえば問題ないのだ――。