魔人、参戦
離宮の自室でくつろぐ、王妃ギーゼロッテ。
しかし今の彼女は外見上が『そうだ』というだけであって、実質的には彼女の身体を支配する魔神そのものとなっている。
ゆえにその本質を知る者は彼女をこう呼ぶ。
「ルシファイラ様」
魔人ヴァリは跪き、恭しく首を垂れた。
「グランフェルト特級魔法学院に潜入して得た情報をお伝えします」
近々学院で全校規模の魔法技能考査が開催されること。
監視対象のシャルロッテ・ゼンフィスがそれに向けて、並々ならぬ意気込みで臨んでいること。
これだけならば取るに足らないものばかりで、さして気にも留めなかっただろう。
だが――。
「黒い戦士シヴァがテレジア・モンペリエと密談していた模様です」
ハルト・ゼンフィスが魔法技能考査に関してテレジアに呼び出しを受けた直後にこれだ。
何かあると考えない方がどうかしている。
「シヴァとテレジアの会話内容は?」
「申し訳ありません。シヴァの警戒範囲に入る可能性がありましたので、そこまでは……」
恐怖と焦りが滲んだ声音だ。
「ま、仕方ないわね。貴女が学内でシャルロッテ・ゼンフィスの動向を探っているのが知られると厄介だし、今回の判断は間違ってはいないわ」
ヴァリはほっと胸を撫でおろす。
「それに、どんな状況になっているかは容易に想像できるものね」
くすくすと少女のように笑う様を見て、ヴァリは逆に背筋が凍るような感覚を抱く。
「あ、あの……アタシにはさっぱりなのですけど、いったいどのような状況になっているのですか?」
「簡単な話よ。見つかった、というだけのね」
「見つか……った?」
「おそらく当たりはつけていたのでしょうね。シャルロッテ・ゼンフィスが強引にも思える手法で学院に編入してきたのも納得だわ」
いまだによくわかっていないヴァリは困惑するも、彼女の主は楽しげに続けた。
「例のカードが、学院内にあるのは確実ね」
なるほど! とヴァリは膝を打つ。
しかし、すでに感づかれているなら先を越されてしまうかも。
「すぐ学院に潜入してカードの捜索を――」
「待ちなさい」
腰を上げようとしたものの、主のひと言で硬直した。動かそうとしても指先ひとつぴくりともしない。
「そう慌てなくてもいいわ。連中にも動けない事情があるみたいだしね」
「? それはどういう……」
体が軽くなり、上目で伺うと、
「時期、あるいは特別な条件があるのでしょう。カードが現れるには、ね」
「そのカギとなるのが、全学年共通魔法技能考査なのですか?」
ええ、とうなずく主の声は確信に満ちていた。
「では、アタシは何をすればよろしいでしょうか?」
「そうね…………、シャルロッテ・ゼンフィスは四騎戦に参加する。その意気込みが尋常でないのなら、きっと『勝利』がカードの出現条件に関係するに違いないわ」
別の条件もあるにせよ、すくなくとも彼女のチームが敗北すれば、カードが彼女らに渡る危険がぐっと減るはず。
「貴女は学生に扮して同じ四騎戦に参加しなさい。そして勝利をもぎ取るの」
「ぇっ?」
思わず声が出た。
「ぁ、ぃゃ、失礼しました……。しかし、さすがに学生に偽装するには限界が……」
今も髪の色や肌の色を変えている程度なので、シャルロッテたちにばったり出会えばきっとバレてしまう。
「制服を着てしまえば問題ないでしょう?」
「いえその……、体型は服装で誤魔化せるにしても、さすがに顔かたちが一緒だと気づかれる危険があると言いますか……」
「人の記憶なんて高が知れているわ。むしろ魔力の波長を都度変えているのだから、よほど注意していなければ気づかれはしないわよ」
これ以上の反論は命にかかわる。
しかし任務失敗によって主を落胆させるのは絶対に避けなければならないのだ。
気合で喉から声を吐き出す。
「しかしながら、試験に紛れこむわけですから、在学していないのでは無理があろうかと思われます」
「その辺りはどうにかするわ。テレジアには多少の無理を通せるもの」
にやりとする主を仰ぎ見て、ヴァリは自身の学生服姿を想像する。
(や、やっぱり無理がないかしらぁ……?)
どんなに若作りしても二十代。
学生を演じきれるだろうか、と不安になるヴァリだった――。