呼び出しに秘策アリ
俺はログハウスにあるソファーにごろりと横になり、くだぐだしていたわけだが。
至福の時間を破るように、バーンと部屋のドアが開かれた。
「兄上さま! たいへんです!」
我が愛しき妹、シャルロッテちゃんだ。
「どうかしたのか?」
なにやら尋常ではない事態のようだが、俺は兄らしく落ち着き払って問う。
「学院長さまが兄上さまをお呼びです!」
「デジマ!?」
あれぇ? 俺なんかやらかしましたかぁ? 動揺はどうにか顔に出さないでおけた。兄の威厳的にね、どうにかね。
「あ、それと兄上さま――」
「ん? まだ何かあるのか?」
シャルは口を開きかけたが、ちょっと目を泳がせて、
「いえ、それは後ほど。まずは学院長さまのところへ急ぎませんと」
さあさあ、と手を引くシャルについていくと、
「…………」
どこまでもドアの向こうにはどこか居心地悪そうな、いやちょっと機嫌が悪そうなリザがいた。
なんかよくわからんが、シャルが後ほど伝えたいことと関係が?
まあ、話さないのでもなく、急ぎでもない案件だ。シャルたちになんらかの危険が迫っていたなら俺に警報が飛んでくるし、大したことではないのだろう。
それよりも、だ。
ぐいぐい引っ張られながら考える。
なぜに学院長から呼び出しを?
心当たりはまったくない――はずがなく。
俺はあれやこれや経て授業にまったく参加しなくてよくなったものの、何かしら独自に魔法の研究なり研鑽なりをやらなくてはならないのだが。
このところは魔神絡みであれこれ出かけてたからなー。さすがに『何やっとんねん』ってお叱りを受けちゃうかなー?
なにせ学院長は『不正を絶対許さないウーマン』。
ちゃらんぽらんに過ごしていたら『やはり授業への参加免除は取りやめます』などと言われかねないぞ。
仕方がない。
アレをやるか。
俺は最終手段の実行を決意して、学院長室へと向かった――。
学院長室の重厚な扉を控えめに叩き、「どうぞ」との声を待ってからゆっくり扉を開いた直後。
「どうもすみまっせんっしたぁっ!」
我ながら美しすぎるジャンピング土下座を決めた。
「……」
「……」
「……」
沈黙が降りる。
だが不思議なことに、俺が這いつくばって床を舐める勢いの状態での視界に、ちんまりした足があるではないか。
俺は学院長が座っているであろう執務机の前――机の影に隠れないくらいは離れたところに着地したはず。
つまり、このちんまりした足は学院長以外の誰かで――「あはっ♪」あは?
「王国では部屋に入るなり謝罪をする文化があるのかしら?」
なんとも陽気な声は幼さ全開。明らかにシャルと同年代っぽい女の子の声音であり、大人の魅力満載な学院長のものではない。
どゆこと? と顔を上げてみれば。
「もしかしてあなた、テレジアが言っていたハルト・ゼンフィス? そうでしょう? そうだよね?」
天真爛漫な美少女がいた。
ぱっと見はその身長からシャルと同じくらいの年齢か。長い銀髪。金色の瞳をらんらんと輝かせて俺を見下ろしていた。学院の制服を着ているがその容姿に見覚えはない。
「……ええ、まあ」
顔を背けつつぼそぼそ返すという、初対面の人に対する陰キャ仕草で立ち上がる。
が、謎の美少女は背けた俺の顔の正面に回りこんだ。幼い見た目のわりにやたらとでかい胸がぼよよんと弾む。
「やっぱり! さっそく会えて嬉しいわ。本当よ? あなたのこと、テレジアから聞いてずっと気になっていたんだもの!」
いや学院長ってば見ず知らずの子に何を吹きこんだのよ!?
糾弾する気持ちを目ぢからに乗せて執務机の向こうを見やる。
学院長――お名前はテレジア・モンペリエさんでしたっけ? 薄いピンクのふわふわヘアーにおっとりした美貌の女性だ。
そこそこの年齢らしいが、見るからに若い。うちの母さんや王妃も似たようなもんだけど、この世界の美魔女さんは年齢がマジで不詳すぎる。
「ハルト・ゼンフィス君、どうして入るなり謝罪を――」
「それはちょっと! 置いときましょうよ!」
「ぇ、ぁ、はい」
「これどういう状況なんっすか?」
呼びつけられて来てみれば、知らん美少女がいて大恥かいちゃったじゃんよ。いや予告なしにジャンピング土下座した俺も悪いとは思うけどさ。
「この子っていったい誰――あ?」
俺が美少女ちゃんを指差した直後、彼女との間に割りこむ影。
一瞬、目を疑った。
なにせ美少女ちゃんと瓜二つだったのだ。
違うところは三つだけ。
銀色の長い髪は襟足で粗雑に結ばれ、制服は男のもの。当然のごとく胸はなだらかで、爛漫な美少女ちゃんとは真逆の冷たい視線を俺に突き刺していた。
あ、四つだったわ。