不思議ちゃんのさらなる不思議
金色の目をした少女はリザの変化をまるで気にした様子がない。
「まさか人の社会でふつうに魔族が暮らしているなんて……って、違うわね。ふつうに暮らせないから隠しているのか」
リザの警戒が最大まで跳ね上がった。
「ストップ! ストップですよ、リザ。まずはお話を聞きましょう。ど、どうしてリザが魔族だとわかったのですか?」
どうにか抑えるも、周囲の気温はいっそう下がる。
「頭に二つ短めの何か、背中側の腰のあたりからも長く伸びた何かがひとつ。角と尻尾ね」
「見えるのですか?」
「いいえ。実物が見えるわけではないの。でもあなたの髪飾りと同じような術式――結界が張られているのは見えるわ」
銀髪の少女は興味深そうに続ける。
「光の屈折を操作して背景に溶けこませているのね。ふふ、面白いわ。よくそんな術式が思いつくわね」
「はい、兄上さまはとてもとてもとーーーっても、すごいのです!」
きゃっきゃとはしゃぐシャルロッテに気が緩みかけるも、リザは少女を睨みつけた。疑問は解消されていないのだ。
「そう怖い顔をするものではないわ。せっかく可愛いのに台無しよ?」
「ならまずはその殺気を消して」
首を傾げたのはシャルロッテ。
銀髪の少女はにっこり応じる。
「やっぱり魔族はそう感じてしまうのね。でも違うのよ? これは殺気じゃなくて、ただの好奇心。高揚しているだけなの」
「高揚……?」
「そう。わたしに殺意や害意はないわ。だって殺したり傷つけたりって楽しくないもの。ただ興味の対象に抱くこの感情を、魔族や魔物はどうしてだか殺気と捉えてしまうのよね」
困ったわー、と続ける少女に困った様子は微塵もなく、相変わらずニコニコと真意がつかめない。
「まあ、原因があるとすればわたし自身よね。そもそもわたし――」
どう対応すべきか判断できないリザの耳に、思いもよらぬ言葉が飛びこんできた。
「たぶん〝普通の人間〟ではないもの」
「「「え?」」」
謎の少女以外が声を合わせる。
「素体はわたし、ユリヤ・マルティエナという一人の人間ではあるのだけど、人の身に限界を感じてあれこれ弄くっていたら、いつの間にか人から外れちゃった気がするのよね。さっきの自己防衛魔法ね、術式は服やアクセサリーではなく、わたし自身の内側に刻んでいるの。それ以外にもたくさんね」
ユリヤと名乗った少女は、歌うように続ける。
「要するにわたし、魔法具でもあるのよ。わたし専用の、ね」
しれっと激重なことを言われ、シャルロッテは硬直した。
リザとイリスも別の意味でどう対応すべきかわからなくなり、言葉が出ない。
そんな三人の様子に気づいているのかいないのか、ユリヤは「あっ」と何かに思い至ったようだ。
「そういえば自己紹介していなかったわね。今ついでに名乗ってしまったけれど、わたしはユリヤ・マルティエナ。今日からこの学院に転入してきた留学生、になるかしら」
あなたは? と笑みを投げられ、シャルロッテは背筋を伸ばす。
「わたくしはシャルロッテ・ゼンフィスです。わたくしもついこの間、編入してきました一年生です」
「まあ、そうだったのね。わたしも一年生よ。いろいろお話したいのだけど、わたし、これから人と会わなくてはならないの」
残念だわーと、またしてもあまり残念そうでない笑顔のまま。
「授業で会ったらよろしくね、シャルロッテ」
「はい! よろしくです! あ、それと、こちらはリザ。兄上さまの従者として、この学院に通っています」
「よろしくね、リザ」
「…………よろしく」
屈託のない笑みを向けられても、やはりいろいろ納得がいかない。
「そしてこちらはイリスさん、わたくしと同じ一年生です」
ユリヤはにっこり微笑んで、
「そう、あなたもなのね」
「? ボクも、とは?」
「ううん、ただリザと同じなんだなあって。頭では理解していても、本能が邪魔をしてしまうのね。こればかりは慣れてもらうしかないわ」
「言っている意味が、わからないのだが……」
いや、実のところわかっている。彼女はきっと――。
「これ以上はやめておくわ。あなたとも仲良くしていきたいもの。それじゃ、わたしは失礼するわね」
ユリヤは三人の横を通り過ぎ――
「「「――ぇ?」」」
みな、思わず漏れ出たのはそれだけだった。
シャルロッテもリザもイリスフィリアも、ただ二人が通り過ぎるのを見送ることしかできない。
そう。二人だ。
彼女に続いて、〝男子生徒〟が歩いていく。
たった今、偶然歩いてきたのではない。きっと今の今まで、ずっとユリヤの背後に控えていたはずなのだ。
そう確信したのは、
「ねえウラニス、こっちで合っていて?」
ユリヤが振り向かずに話しかけたのを聞くまでもなかった。
彼女と同色である銀の長い髪が襟元でひとつに結ばれている。顔立ちも、金色の瞳も同じなら、「ああ」と応じた声までユリヤとそっくりそのままだった。
男子用の制服を着たユリヤと言われれば誰もが納得する容姿。唯一、男女差を明確に示す胸の厚みだけが異なっていた。
もうひとつ、あえて挙げるとすれば。
ウラニスは三人に一瞥すらなく、冷たい視線をユリヤの背に突き刺していた――。