金の瞳はお見通し?
唐突に現れた見知らぬ美少女は、金色の瞳を輝かせて身を寄せてきた。
「へぇー、無詠唱で魔法を発動したのではなくて、その髪飾りに術式が刻まれているのね。しかも無駄を一切省いて純粋に『飛ぶ』ことに特化した術式で、使用魔力の効率が最適化されているわね――って待って。髪飾りには他の術式もあるの……?」
ぐぐぐっと迫ってきて、シャルロッテの頭にある髪飾りを観察した少女は、ぱっと華やかな笑みを咲かせた。
「すごいわ! こんな高度な魔法具、初めて見た!」
ぐいぐいくる距離感に気圧されていたシャルロッテだが、この発言に食いついた。
「そうなのです! 兄上さまはすごくすごいのです!」
面食らったのか、少女が目をぱちくりさせる。
「あにうえさま? あなたのお兄さんが、その魔法具を?」
「はい! 兄上さまはとてもすごいお方で、何がすごいかと言うと、とにかくとんでもなくすごいのです!」
興奮しすぎて「すごい」しか出てこないシャルロッテに、銀髪の少女は目をぱちくりさせつつも、やや前屈みになりながら、
「へぇ……。たしかに他にも制服や靴に異なる術式が刻まれているわね。しかも巧妙に隠され……ううん、最適化の過程で意図せず隠匿されたのね。まさか王国にこれほどの使い手がいただなんて――」
金色の瞳を、ぼんやりと光らせた。
(この方の雰囲気、どこかで……)
視界の端で、困惑したように声をかけてよいものか迷っている風なイリスフィリアがいた。
(そうです。イリスさんも、そうなのですけど……)
もう一人、最近になって同じような不思議な感覚を呼び起こす人物の顔を思い浮かべた、その直後だった。
「シャルロッテ様! 下がって!」
後ろからの馴染みある声に続いて、その声の持ち主がシャルロッテと少女の間に割って入った。
青髪の少女、リザだ。
ぶおん、と小さな旋風が生まれる。
「ッ!?」
突き出した槍の切っ先が空を切ったのだ。
いつの間にか、銀髪の少女が数メートル後方へ移動していたのにシャルロッテは目を丸くする。
(あれ? ですけど……)
リザが視界に入ってきたのに気を取られはしたものの、銀髪の少女が動く気配をまるで感じなかった。
予備動作なしの後方移動。
実際、彼女はさっきまでと同じくわずかに前かがみになった姿勢だ。そのまま後方へ跳ぶのは不自然極まりない。
「転移、魔法……ですか?」
兄ハルトの魔法具で日常的に使っているが、実際には個人で行使するのは極めて困難。かつての魔王ですら為し得なかった大魔法だ。
シャルロッテのつぶやきをリザが否定する。
「ううん、違う。でも今のは、なに……?」
ただ何がどうなったのかはわからない様子だ。
ここでようやくイリスフィリアが会話に入ってきた。
「ボクは横から見ていたので把握はできたよ。彼女はリザが接近してきたのと同じ速度で後退した。より正確に言えば、ある瞬間からリザとの相対位置を固定したんだ」
金色の目をした少女は姿勢を正して笑みを咲かせる。
「せいかーい♪ ま、見たまんまだから簡単よね」
「とはいえ、どんな魔法を組み合わせて実現したかはわからない。しかも詠唱なしで――というかキミ、リザに対象を決定したのはどのタイミングだったんだ?」
リザが声を出す以前から接近に気づかなければ間に合わないし、声を出す前に気づいていた風には見えなかった。
「自己防衛魔法が自動発動したからわたしにはわからないわ」
「自動発動? なんらかの魔法具を身につけているのか?」
「んー、身につけているって言うか……」
ほんのわずか、躊躇いがちになった少女の様子に、シャルロッテがハッとする。
「そんなことよりも!」
リザの隣に進み出て、思いきり頭を下げた。
「突然ごめんなさいです! リザは――この子はわたくしが揉め事に捲きこまれていると勘違いして――」
「シャルロッテ様、頭を上げて。勘違いじゃない。こいつは危険。魔族とも人とも違う、何か……何かよくないものだ」
イリスフィリアにも似たような雰囲気を感じているが、銀髪の少女からは明らかな〝脅威〟が撒き散らされているとリザは感じていた。
ゆえに臨戦態勢を崩さないリザ。
うっすらと笑みを浮かべる銀髪の少女。
リザを止めるべきか判断がつけかねる風なイリスフィリア。
「はわわわわ……」
シャルロッテは混乱しまくっていた。
銀髪の少女が笑みに優しさを乗せる。
「ほら、あなたのお友だちが戸惑っているわ。わたしに害意はないの。もっともあなたがわたしを危険だと感じたのを否定もしない。だってあなた、魔族でしょう?」
「ッ!?」
途端、廊下の気温が一気に下がった――。