魔神の思惑
王都から東にずっと進んだ山岳地帯。
大きな岩山にある小さな洞窟を進むと、大空洞にたどり着く。
小洞窟は自然にできたものだが、大空洞は人の手――より正確に言えば、〝神〟によって作られたものだった。
妖艶な美女が一人、佇んでいる。淫靡な薄い笑みの下には、太く無骨な首輪が嵌められていた。
見上げる先には巨大な異形。
吐息にも似た言葉が漏れた。
「適当に掻き集めただけの脆弱な〝素材〟ではこの程度が限界ね」
不満げな言葉とは裏腹に、どこか満足そうな笑みは崩さない。
実際、今回作り上げた合成魔獣は不満だらけの代物だ。シヴァに対抗するどころか、王都の城壁を突破するのも難しい。
王都の守りは強固だ。
複数の地脈が入り組んでいて、それを利用した強力な防護結界を幾重にも張っている。
人のサイズが通れるほどの穴を通すだけならどうとでもなるし、今までどうとでもしてきたが、これほど巨大な〝異物〟を送り込むとなれば簡単にはいかない。
(わたくし自らが大穴を開けるか、合成魔獣が自力で城壁を破壊するか)
前者は否だ。
目立つ行動をしてシヴァに察知されたら厄介この上ない。
「ふっ、選択の余地などなかったわね」
そもそもの話、自身の役割はただひとつ。
かつて世界を支配していた三主神、そのひと柱――おそらくはシャルロッテ・ゼンフィスにその姿を変えた〝彼女〟を抹殺し、その力を我が物とする。
そのために合成魔獣をあの男にぶつけ、足止めしなくてはならないのだ。
シヴァはその〝主〟にして〝本体〟たるシャルロッテ・ゼンフィスが消えれば自ずと消滅する。
(そうなれば、わたくしを脅かすモノはいなくなる……)
一人、いなくはない。
だがそれも――。
ゆっくりと視線を落とす。片手を上に向け、握ったり開いたりを繰り返す。しなやかな指の動きを眺め、ここに至り笑みを消した。
だがそれは、恐怖や落胆といった負の感情からではない。
「思いのほか、馴染むものね」
確信が歓喜を経て、覚悟に導かれた。
仮宿だと思っていたこの〝器〟が、かつての肉体に近づいているのがわかる。それは変質ではなく、同化と呼ぶべきものだ。
「ふふふ、どうやら貴女の魂の在り方は、〝我〟と似ていたようね」
閃光姫と持てはやされて成り上がった努力の人はしかし、その本質は我欲に塗れ怨讐に囚われた闇の底にいるべき女だった。
それでも這い上がりたいともがく、その姿は、
(ああ、かつての〝我〟と同じよなあ)
頭の奥底で否定する声がするも、無視して思考を巡らせる。
気になることがあった。
これまでのカード集めに、シヴァが積極的に関与していない点だ。逆に魔神本体であるはずのシャルロッテが、嬉々として先頭に立ってカード集めに奔走している。
どう考えても彼女の安全をこそ最優先にしなくてはならないはずなのに、だ。
(あの娘が直接集めなければならない事情がある……と考えるのが妥当なところね)
おそらくアレクセイには伝えられていないだろう。シャルロッテの仲間と思しき学生たちもまた、知らされているとは思えない。
(ともあれ、状況はこちらに有利ね。今までどおりわたくしはシヴァの注意を引いておけばいいわ)
いずれはシヴァを使ってカードを奪い返しに来るだろう。そうなれば逆に、カードを餌にしてシャルロッテを直接抹殺する手段を講じておくのみ。
どうあれ、あらゆる準備を、怠らないことだ――。