メイドさんが見ている
ライアスに用意された部屋は、城の中でも一番上等な貴賓室だった。
天蓋付きのベッドに突っ伏して、枕にこぶしを打ち付ける。
「くそっ、クソくそクソぉ! なんで? どうして僕が、あんな最底辺のゴミクズにぃ!」
信じられない。認められない。現実で、あっていいはずなかった。
(僕は王子だぞ? 閃光姫の血を引く、次期国王なんだぞ!)
魔力総量で二十分の一の相手に、不覚を取るどころか一方的にやられるなんて嘘だ。
「違う! あいつは僕の攻撃を避けるので精一杯だった。だから、一方的なんて……」
思いたくもないし、実際に違うのだと信じたかった。
けれど、思い返すと、ぞわりと背に怖気が走る。
最後、ハルトは何をした?
たしかに発動した魔法が、なんの痕跡もなく消え去ったのだ。魔法を無効化する魔法。そんなの、かつての【大賢者】にしかできない芸当だ。
「なんで僕がこんな目に……」
視察なんて面倒事に、参加する気などさらさらなかった。
自分がはるばる辺境へ来たのは、母の命令だ。
国王派の筆頭であるゼンフィス卿の〝粗〟を探し出すこと。彼を失脚させる程なら良し。発言力を弱められる程度でも十分。
ライアスに課せられた任務はそれだった。
面倒だと思った。王子がやる仕事ではない、と子どもながらに不満だった。
けれど母に認められる絶好の機会だと自分に言い聞かせ、はるばるやってきたのだ。
もし失敗したら、母は自分をどうするだろうか?
――貴方なら、できるわよね?
凍るような笑みが思い出され、得も言われぬ恐怖が全身を駆け巡る。
ライアスはおぞましい想像を振り払うように、頭を左右に振った。
これでも任務達成のため、道中であれこれ考えを巡らせたのだ。
ゼンフィス卿の粗を見つけるより、粗を作ってしまえばいいと考えた。だから不遜な態度を取り、息子をコテンパンにのしてやれば、王子に不敬を働くに違いない、と。
子どもの浅知恵ではあるが、九歳の彼にはこれが限界。
たとえゼンフィス卿が乗ってこなくても、『我がまま王子』に神経を注がなくてはならなくなるはず。彼がこちらに注意を向けている隙に、護衛騎士たちが裏で動いてくれる。彼らもまた、王妃から密命を受けているのだから。
ライアス自身、『地』の性格で進められるよい作戦。下手にいい子ぶる演技をしなくていい。そう、思っていたのに……。
「王子殿下、失礼いたします」
ドアが叩かれ、返事を待たずにずかずかと騎士が数名、入ってきた。
「そろそろ晩餐会のお時間です。ご準備を」
続けて侍女たちが現れて、ライアスを着替えさせる。
視察団を歓迎するための晩餐会だが、正直、ハルトには会いたくなかった。子どもながらに、いや子どもだからこそか、本能が囁くのだ。
――アレは、化け物だと。
着替え中にも退室していなかった騎士の一人が告げる。
「明日の農地視察に、ゼンフィス卿のご息女をお誘いください」
「はあ? なんだよいきなり」
「道中、話し相手は必要でしょう。であれば年齢の近いシャルロッテ様はふさわしいかと。〝彼〟では、お話が弾まないでしょうから」
嘲りを含んだ言い方に、ギリと奥歯を噛むも。
「……母上の、指示なのか?」
「王子殿下を慮ってのこと、とお受け取りください」
主語をあえて隠したので察した。
(でも、母上は何を考えてるんだ……? 相手は七歳のガキンチョだろ? 辺境伯の弱みにつながる情報なんて、得られるのかよ)
しかし母の思惑までは、思い至らなかった――。
ライアスが晩餐会へ向かっても、騎士たちは彼の部屋で密談していた。
王子に宛がわれた貴賓室は何重にも防護結界が張ってあり、音が漏れることはない。それを利用した。
「まったく王子は、余計なことをしてくれたものだ。しかも勝負を吹っ掛けておいて無様に返り討ちとはな。王宮に戻ったら、王妃様にこっぴどく叱られるだろうよ」
一番年長の騎士が言うと、失笑が起こった。
「ともあれ、計画に支障はない。本番は明日だ。この森の地点で、王子と王女、そして目標が乗った馬車を襲撃する」
年長の騎士がテーブルに広げた地図を指差す。
「私は数名の部下とともにお三方を連れて逃げ、この地点へ誘導する」
「そこで巨大召喚獣に襲わせるのですね」と若い騎士。
「そうだ。私たちが上手く立ち回り、目標を召喚獣に始末させる。王女に罪をなすりつけられればよいが、最優先事項は目標の確実な抹殺だ。貴様らは馬車付近でゼンフィス卿の足止めをしておけ」
「卿が全力を出せないよう、我らが邪魔になる、ということですね。了解しました」
すでに目標地点には別働部隊が展開中だ。襲わせるのは魔物に見せかけた召喚獣で、足が付くことはない。
王子か王女、どちらかでも負傷すれば、ゼンフィス卿が安全確認を怠ったと糾弾もできる。
「ぬかるなよ? 失敗すれば、光の矢に貫かれると心しておけ」
閃光姫は容赦がない。これほど大きな作戦で、失敗は許されなかった。
騎士たちはごくりと生唾を飲みこんで、部屋を後にした。
その、一部始終を――。
「ふん、浅ましい連中め」
メイドが見ていた!
フレイは廊下を掃除中、ハルトから預かった遠隔監視用結界でライアスの部屋を覗いていたのだ。
彼らの陰謀を、余すところなく――。