見るからに怪しいのは本当に危ない
夜がとっぷり更けたころ。
シャルロッテたちは王都中心部にあるハーフェン侯爵の邸宅にやってきた。
魔神復活のカギとなる、『ルシフェル・カード』(シャルロッテ命名)を探しに、だ。
ハーフェン侯爵邸は今、誰も住んでいない。
跡継ぎであったシュナイダル・ハーフェンが消息不明になってのち、侯爵が売りに出したのだ。
しんと静まり返った中、魔法少女スタイルのシャルロッテはごくりと喉を鳴らした。
「なんだかオバケが出そうですね」
「なんだよお前、怖いのか?」
ライアスが皮肉めいて尋ねる。
「そうですね、得体の知れないモノへの恐怖はあります。ライアス王子と一緒ですよ」
「ぼぼぼ僕は怖くないし!」
「足が震えていますけど?」
「うるさいな! これはあれだ、武者震いだよ」
「またベタな言い訳を……」と呆れているのはマリアンヌだ。
実際ライアスは内心で超ビビっている。オバケが怖いのではなく、いつ魔人が現われるかと緊張しまくっているのだ。
イリスフィリアが空気を読まずに言う。
「無駄話をしている暇はないよ。中に誰もいないとはいえ不法侵入には違いない。調査を手早く済ましてしまおう」
「イリスさんは冷静ですね」
「これでも緊張しているんだ。シヴァがいない中、魔人と遭遇してまともに戦えるか……」
シヴァは何かの用事でこの場には来られないとシャルロッテから伝え聞いている。
(とはいえ、どこかで見てくれてはいるだろうけど)
彼がシャルロッテを危険な目に遭わせるとは考えにくい。イリスフィリアはその正体を薄々感じているものの、まだ明かしてくれないのは自分が未熟だからと勝手に解釈していた。
「では皆さん、はりきってまいりましょう。とう!」
シャルロッテがひらりと飛び上がり、高い壁を越えていく。
「おい待てよ! 一人になるんじゃねえ!」
ライアスは自己強化して壁を飛び越えた。
マリアンヌとイリスフィリアも後に続く。
不用心にも鍵はかかっておらず、四人は本宅の中へ入った――。
「なにもありませんね!」
広い邸宅を隅々まで見て回ったが、まったくもって何も見つからなかった。
「魔人ってのも出てこないな。こりゃハズレか?」
しゅんとうなだれるシャルロッテ。
そんな彼女の金髪を、マリアンヌが優しく撫でて言う。
「シャルちゃん、そう気を落とさないで。まだ建物の中を調べただけですよ。ほら、ここから中庭が見えます。もしかしたらそこに何か……ぇ、と……何か、ありますね……」
大きな窓から見下ろせば、中庭の真ん中にデデンと置かれた宝箱。
赤と金色の装飾がまぶしい、ゲームではよくあるタイプの見るからに『宝箱』な感じの大きな箱だった。
「あからさますぎんだろ!?」
「そもそもさっきまではなかったはずだ。いつの間に?」
「魔人の罠かもしれませんね」
眉根を寄せたマリアンヌに、シャルロッテはきりりと告げる。
「宝箱タイプの魔物さんが移動してきたのでは?」
「待て、そんな魔物がいんのか?」
「生まれてずっと動かないということはないと思います」
「存在するかどうかを訊いたんだが?」
ゲームではよくあります、とシャルロッテは答え、窓の外へ飛び出した。
「相変わらず無警戒だな」
ライアスは愚痴りながら飛び降りる。残る二人もすぐ追いかけた。
「あれ?」と着地したライアスが首をひねる。
上から見たときは確かにあった宝箱が、消えていたのだ。
本当に宝箱が自分で動いたのだろうか?
「あの辺り、だよな?」
ライアスがてくてく近寄ると、
「無警戒に近寄るのはダメですよ?」
上空からお前が言うかという声が届く。
シャルロッテはぐるぐると、宝箱があった付近を飛び回った。
「特定の角度からしか見えないようですね。ひとまず魔物さんかどうか、軽く確認して――」
魔法のステッキを振り上げたところで、イリスフィリアが絶叫した。
「避けろ! 後ろだ!」
反射的に身をひねると、さっきまで自分がいたところを高速で何かが通過した。
否、誰かだ。
「あらぁ? よく避けたわねぇ」
艶めかしい声音を吐き出すその誰かは、宝箱の側に降り立つ。
ぴっちりした黒い革の衣装は胸と股間をささやかに隠す程度。むっちりした肉が各所でこぼれ落ちそうだった。
白い短髪に赤い瞳。背中には蝙蝠のような羽がある彼女は――。
「女幹部さんですね!」
シャルロッテは大興奮。
「なんて破廉恥な格好してんだよ!?」
ライアスは目のやり場に困っている。
「問題はそこじゃない!」
「魔人です。みなさん、警戒してください」
イリスフィリアがこぶしを構える。
マリアンヌはその背後ですぐにでも魔法が撃てる態勢に入った。
ライアスも二人に駆け寄り、半身になった。
「ふふふ、可愛いこと。そうよ、アタシはルシファイラ様より生まれし魔人ヴァリ。でもざんねぇん、アタシはアンタたちの相手をしにきたんじゃないの」
破廉恥な衣装の女――魔人ヴァリは、舌なめずりしてしなを作る。
「アタシの目的はコレ。アンタたちも探してたんでしょう? でもダァメ、アタシがもらっていくわぁ」
ヴァリは横に置かれた宝箱に手を伸ばした。
緊張が走る。
奪われてはならないと、シャルロッテたちが攻撃を仕掛けようとしたとき。
ばくんっ。
「へぎゃっ!?」
宝箱が勝手に開き、その手に食いついた。
「ほ、本当に生きてたのかよ……」
「あんな魔物をボクは知らない……」
「不用意に近づかなくてよかったですね……」
三者三様で驚き呆れる中、
「やはり人食い宝箱でしたか」
シャルロッテは目を輝かせるのだった――。