設定固めは話し合うのがいいらしい
魔神さんはうまいことだまくらかせた、と思う。
ひとまずこちら側(アレクセイ先輩)から情報提供があるまでは、あちらさんがアクションを起こすことはない、と信じたい。
さて次は。
授業を終えてティア教授の研究棟へ戻ってきたシャルと会議スペースでお茶しているとき、俺は唐突に切り出した。
「というわけでシャル、お前に頼みたいことがある」
「承知しました、兄上さま」
お土産に持ってきたケーキを頬張り幸せそうなシャルちゃんはもぐもぐごっくんとしてからきりりと応じた。
その隣で呼んでもないのにケーキを意地汚く貪っていたティア教授が呆れぎみに言う。
「事情説明なしで『というわけで』も何もないだろう? 頼み事の内容も聞かずに受けるのもどうかと思うなあ」
「いいえティア教授、語られずとも察するのが妹というものです。そして兄上さまのお願いを断る妹もいません」
「そうなのかい?」
俺に聞かれても困るが、きっとそうなんだよ。
でもまあ、さすがに何も言わんで済ませるわけにはいかんよね。また妄想大爆発で突き進んでしまうのも困るし。
俺は今日のため、徹夜して(その後昼まで寝た)固めた『シャルちゃん側の設定』を脳内に描きながら告げる。
「実はな、シャル。俺は魔神復活に関する重要な情報を得たのだ」
「さすがは兄上さま! でもわたくしが至らないばかりに、兄上さまのお手を煩わせてしまい申し訳なく……」
くっ、と苦悩を滲ませるシャルちゃん可愛い。
「いや、これは俺が追っている案件でたまたま入手した情報でな。お前が気に病むことはないよ」
「また小芝居が始まったぞ?」
なんか口調がシヴァモードになっちゃった。とりあえずティア教授は無視して続けよう。
正直なところ、妹を騙すようで心苦しい。
しかし父さんが貴族連中への根回しをする時間を稼ぎ、他でもないシャルロッテに楽しんでもらうためだと心を鬼にした。
「どうやら魔神ルシファイラはまだ完全には復活していない。そのカギとなる魔法具が存在するらしいのだ」
「なるほど! それをわたくしたちが魔神さんより先に見つけて回収するのですね!」
理解が早いなあ。
「そうだ。具体的には七つの秘密カードを探し出し、魔神どもより先に手に入れるのだ!」
「おおっ!?」と大興奮のシャルちゃん可愛い。
「ぜんぜん具体的じゃないけど?」とティア教授は呆れ顔。
「魔神さんがいまだ回収できていないところから、そのカードは世界に散らばり所在がわからなくなっているのですね」
そうそう、そんな感じ。
「探す手段はあるのかい?」
「先の王都騒乱事件――『無血の第四曜日』はきっと、魔神さんたちがそのカードを探すために引き起こしたものでしょう」
へえ、そうなんだ。
「けれどその後、大規模な事件を魔神さんが起こしてはいません。方針を、転換したのでしょうね」
うんうん、つまり?
「秘密カード……魔神さんの力が封じられたそれは、きっと禍々しく世に災いをもたらすものに違いありません。漏れ出す闇のパワー的何かが周囲に悪影響を与えるのは必然。不可解な事件が起こるとき、秘密カードが姿を現すのです」
そうだったんだ……。
「何かしら妙な事件を追っていけば、秘密カードとやらは見つかるってことか」
「その通りです、ティア教授。正式名称が不明のようですから『堕天使の・カード』と呼称しましょうか。魔神さんが王国で復活しようとしていた以上、近くに散らばっていると考えてよいでしょう」
俺が徹夜で考えてきた設定を容赦なく上書きしていく我が妹。
ビビッと感じたよ! あっちのほうにあるっぽい、で済まそうとしていたのだが、コレ不可思議事件を起こさなきゃいけないのかな?
「はっ!? そういえば……」
シャルちゃん難しい顔してどしたの? 可愛いね。
「すこし前のことですけど、本校の学生が一人、行方不明になったのだとか」
デジマ?
「ああ、ハーフェン侯爵家のシュナイダル君か。どこぞの誰かさんが絡まれていたねえ」
誰だ? 俺だ。
いやシュナイダル先輩に絡まれていたのが俺で、消えてなくなったのが先輩である。俺が謎時空に飛ばしちゃったのよね。
「調べてみる価値はあるかと」
うん、それでいいや。
事件を起こすのとか面倒だし。シャルちゃんに無駄足は踏ませたくないし。
「俺は他の案件で忙しい。やってくれるか?」
「お任せください、兄上さま。我らキャメロット、そしてナンバーズが総力を挙げてご期待に応えてみせます」
めらめら闘志を燃やすシャルちゃんもまた可愛い。
ともかくシャルの妄想が設定に昇華してやることは決まった。
いろいろ動かなきゃいけないが、その先にシャルの笑顔が待っているのなら苦にはならないのだ。
おや? シャルちゃんがまた難しい顔をしてますね。
「でも七つのルシフェル・カードを確保したとしても、存在しないはずの八枚目のカードにより魔神は完全復活してしまうのでは……?」
ンンンッ? それやらなきゃダメな感じですかあ?
我が妹の妄想はとどまることを知らなかった――。