七つの何かを奪い合う的な?
アレクセイ・グーベルクは王宮の敷地内に足を踏み入れた。
目的地は王宮からすこし距離のある離宮だ。
唐突に本体――魔神ルシファイラがその身を乗っ取った王妃ギーゼロッテに呼びつけられたからだ。
自身を殺そうとした女に会うのは危険だとは感じている。
だが殺すつもりならわざわざ呼びつけるほどでもなし、むしろ今後彼女がどう動くかを探る絶好の機会であると前向きに考えた。
離宮に入ると使用人の案内で王妃の私室へ通された。
「よく来たわね。まあ、来るとは思っていたけれど」
促されてソファーに座るも、ギーゼロッテは遠くの椅子に腰かけワインを揺らめかせた。
「一度は殺そうとした私を、また仲間に引き入れるつもりかな?」
「そうよ」
実にあっさりしたものだ。そして悪びれる様子も皆無だった。
「状況が変わったわ。わたくしが遣わした魔人から面白い情報を手に入れたの」
「シヴァに為す術なくやられてしまったと思ったのだがね」
「言葉遣いには気をつけなさい。今は二人だけだからよいけれど、ね」
外でお気軽に会うつもりはないが、アレクセイは肩をすくませて応じた。
「それで? 面白い情報というのは?」
ギーゼロッテはもったいぶるようにワインをひと口飲みこんで、告げた。
「黒い戦士シヴァなる男は、わたくし以外の魔神より生まれし魔人よ」
ほう、と片眉を吊り上げたアレクセイに、満足げな笑みを浮かべて続ける。
「そしてシヴァを生み出した魔神はその力の大半をシヴァに移し、自らは人に擬態してすぐそばにいるわ。それが――」
ギーゼロッテは高らかに吠える。
「シャルロッテ・ゼンフィス、あの小娘よ!」
アレクセイは苦しそうに眉をひそめた。
「落ち着きたまえよ」
「あら? わたくしってそんなに興奮していたかしら?」
「ぇ? ああ、いや……ひとまず根拠を聞こう」
アレクセイがわずかに視線を外していたのにギーゼロッテは気づかない。
「シヴァと直接戦った魔人からの報告よ。彼女は魔力探知に長けていたの。メルキュメーネスほどではないけれど、分析能力にも秀でた彼女がそうと感じたなら確度は高いわね」
果たしてそうだろうか? アレクセイは耳元でぎゃーぎゃーうるさい声に辟易しつつも、やはり真相とはかけ離れているのではと疑念を抱いた。
(だがまあ、なるほど。それを利用するわけか)
どうやら落ち着いたらしい声に、アレクセイは小さくうなずく。
「自らの力の大半を使徒に移して人に擬態した理由は、〝神殺し〟を警戒してとなれば説明がつく。全体を通して理屈は合うな」
「ええ、さすがね」
「そして魔神――シャルロッテ・ゼンフィスを倒せば、その使徒であるシヴァは消失する」
「貴方は最近、あの小娘と仲が良いのでしょう?」
「私に彼女を暗殺しろ、と?」
「拒否すれば殺すわ」
睨み据えるギーゼロッテにも怯まず、アレクセイはふむ、と考えこむ――ふりをした。
たっぷりの時間をかけ、言葉を紡ぐ。
「シヴァの打倒は私も望むところだ。しかしシャルロッテを暗殺するのは無理だな」
「理由を訊きましょうか」
「彼女はシヴァの庇護下にある。まあ当然だな。シヴァ本人が直接というだけでなく、シャルロッテには強力な防護結界が張られているのさ。あれを突破するのは貴女でも至難だろう」
「舐められたものね。でも直接わたくしが抹殺に出向けば、シヴァが黙ってはいないでしょうしね」
ぎりっと奥歯を噛むギーゼロッテに、アレクセイは冷ややかに告げる。
「手はあるさ」
「本当に!?」
身を乗り出すギーゼロッテには目もくれず、アレクセイは苦悩を眉根に集めた。
まるで『こんなバカげたことを言わなくてはならないのか』と言わんばかりだ。
「この世界に散らばった、七つの秘密カードを集めるのだ」
「……秘密カード?」
疑いの眼差しが痛い。しかし彼は開き直った。
「そうだ。彼女に施された堅牢な防御をひとつひとつ剥がすもの。それをすべて集め、破壊せしめればシャルロッテは丸裸に――え? ああ、服はもちろん着ているから妙な想像はしないでほしい」
「何を言っているの、貴方」
「ともかく、カードを集めるのが最適解だな、うん」
「にわかには信じられないけれど、まずは秘密カードとやらを確かめないとね。どこにあるのかしら?」
「所在はシャルロッテ本人もわかっていない。今まさに、彼女はそれを捜しているとこだよ」
「そういえば『世界に散らばった』と言ったわね。なぜ、自身の守りのカギとなる魔法具の所在を知らないのよ? バカなの?」
「頼むから言葉には注意してほしい。同じ魔神なのだから彼女を貶める発言は控えるように」
アレクセイは片方の耳たぶをこしこししてから、こほんとひとつ咳払い。
「シャルロッテは人への転生において記憶が混乱しているようだ。ゆえにカードの所在があやふやでね。それでもすこしずつ思い出しているようで、私も調査任務に携わっている」
「その情報を、こちらに回してくれるのね」
「ああ、私は彼らと行動を共にしてカードを捜すふりをしつつ、彼らの邪魔をする。貴女は先んじてカードを回収すればいい。だが貴女が直接赴くのはお勧めしない。シヴァは貴女にもっとも注意を向けているからね」
「わたくしが自ら囮となってシヴァを足止めするわけね。回収は魔人を送りこめばいいわ」
うむ、とアレクセイはうなずいて立ち上がる。
「私が今日ここへ来たことはシヴァもお見通しだろう。しかし話の内容までは知り得ない。幾重にも張られた結界はさすがの彼でも破れまい。会談の内容はうまく誤魔化しておくよ」
「そうしてちょうだい。それから、情報は手早くね」
「善処しよう。が、シャルロッテが思い出さなければ手は出せないからな。そちらも大胆な行動は控えてほしい」
わかったわ、とギーゼロッテはやや不服そうにしながらも承諾した。
離宮から出て、アレクセイは自室に戻ってきた。
そこに、全身黒ずくめの男がいた。
「シヴァ、あれでよかったのかな? 指示するのは構わないが、耳元で大声を出されては困るのだけどね」
「すまんな。ま、なかなか堂に入った演技だったよ」
ギーゼロッテとの会談は常にシヴァの声を聴きつつであった。当然、その内容は彼に筒抜けだ。
「しかし、カード集めとはなんの冗談だ?」
「時間稼ぎのようなものだよ。それに――」
黒いヘルムで表情は窺えないが、にやりと笑った気がする。
「宝を奪い合うって面白そうだろ?」
アレクセイは一瞬きょとんとしてから、
「ああ、意外にも君とは気が合うようだ」
知らず笑みをこぼすのだった――。