事前の根回しは大事よね
辺境伯のお城の廊下をてくてく歩く俺。なんか久しぶりだなあ、ここも。
ところで使用人のみなさんが、俺を見るや手にした洗濯籠を落っことしたりくわっと目を見開いたり指差してひそひそしたりなんですかね?
とりま気にせず父さんの執務室の扉をノックした。
どうぞと促されて扉を開けると、
「ぶほっ!? げほっ、ごほっ……ハ、ハルト?」
おひげたっぷりの父さん、ゴルド・ゼンフィス辺境伯がとても驚いていらっしゃった。
「どうして王都の学院にいるお前が、ここにいるのだ?」
あ、そっか。お気軽に帰れる立場じゃなかったな、俺。
引きこもりハウスにはほぼ毎日戻って寝たり遊んだりしてたから、ふつうに城内を闊歩してしまっていたよ。
「いい加減、隠すつもりがあるなら細心の注意を払ってだな――」
「そんなことより父さん」
いろいろバレテール感じはするが、いきなり本題に入ろうと思う。
「国内の情勢について、いろいろ聞きたいんだけど」
父さんの片眉がぴくりと跳ねる。
「ほう? そうか、お前もついに……」
なんだか嬉しそうなのはなぜなのか?
父さんは俺を応接用のソファーに促し、自らお茶を淹れて対面に座った。
「さて、どこから話したものかな。王都には最新の情報が入ってこよう。貴族の子女が集う学院ならば、その多くが集まるのも然り。何が聞きたい?」
いや俺、まったく興味がなかったので全然知らんのですよ。
余計なことはすっ飛ばして核心から聞いとくか。
「前に父さん言ってたよね? 『王妃がいなくなると国が荒れる』って。アレって今もそうなの?」
「ッ!?」
父さん、飛び上がらんほどびっくりしている。
「まさかお前、ギーゼロッテを……? いや、しかし、いくらなんでも子どものお前が手を汚す必要はない。アレは儂ら大人が対処せねばならぬ相手だ。今まで放置していた、不甲斐ない儂らではあるがな」
一転してどんよりする父さん。
手を汚すも何も、あいつの首を一度はちょんぱしちゃってるのよね。
「実はさ――」
俺は躊躇いがちに知りうる限りを話してみました。ルシファイラ教団とかいう謎組織の存在やら魔人やら魔神やら。
ただし、シャルがなんやかや参加していたのはまるっと隠しておいた。
心配させたらいけないからね。
父さんはみるみる青ざめていく。
話し終わると眉間を指で押さえて唸り、ようやく重い口を開いた。
「ルシファイラ教団が、魔神復活を目論む組織……だと?」
「うん」
「先の王都騒乱事件は魔神の使徒たる魔人が引き起こし、王妃ギーゼロッテも加担していた……か?」
「そうだね」
「そして魔神の本体はギーゼロッテに憑依している……と?」
「そうみたい」
父さんは俺が話した内容を反芻するかのように質問して、天井を仰いだ。
ぐりんと戻ってきたと思ったらローテーブルに両手をついて俺の前に顔を突き出す。
「この国の危機を、よくぞ救ってくれた!」
そしてローテーブルに額を擦りつけるほど頭を下げた。
「いや、それはシヴァって人のおかげであって……」
父さんはソファーに再び腰掛ける。
「そうだったな。うん、そういうことにしておきたいのなら、儂もそう振舞おう」
そう言えば俺、なんで父さんたちにはシヴァだと話してないんだっけ?
惰性。
それだけが理由なのだから話してもいいのだけど、それが理由であるがゆえに話し辛くもあるのよね。
「しかし、ギーゼロッテが魔神に取りこまれ、すでにいないのであれば悠長にはしていられんな」
「やっぱ問題だよね」
「その力は未知数だが、神を名乗るほどの者だ。この国はおろか世界の脅威となろう」
「じゃあ、さくっとやっつけてくるよ。あ、シヴァがね」
父さん、大きくため息をつく。
「害虫駆除のように気軽に言うのだな。まあ、お前の実力ならそれも納得か」
ただ、と真剣な眼差しになる。
「国内は荒れような。それを回避するには貴族連中への事前の根回しが必要だが……時間がなあ」
そういえば、さくっとギーゼロッテを倒しちゃマズいんだった。
シャルちゃんにもっと楽しんでもらわなくちゃなので。
「時間は俺がなんとかするよ。父さんは俺にできない根回しとかそういうの、がんばってもらえる?」
「まったく、お前というやつは……」
父さんはどこか吹っ切れたように笑みをこぼす。
「わかった。とはいえ王国中を駆け回らねばならんのでな。悪いがすこし時間をくれ」
こっちものんびり遊ぶつもりだからまったく構いません。
つっても相手は魔神さん。不測の事態を考慮し、警戒は怠れない。
いつでも奴の背後を襲って終わらせられる状況にしておきつつ、父さんの根回しを迅速に完了してもらうよう、俺も協力せねば。
俺は立ち上がり、てくてく歩いた。壁に手を添えて『扉』を作る。
「なあぁ……!?」
びっくり仰天の父さんを手招きし、扉を開けてその中へ。
「隣の部屋、ではないな。ここは……?」
「ティア教授の研究棟にある、俺の部屋だよ」
ほぼ寝るだけの部屋なので整理整頓は行き届いている。
「転移、魔法だと……?」
「こんな感じで国内を自由に移動できるようにするから、どこに『どこまでもドア』を設置すればいいか教えてね」
そう告げた直後、がちゃりと部屋のドアが開いた。
「やあ、ここにいたのかハルト君。ん? そちらの巨漢は……ゼンフィス辺境伯かな?」
「いきなりなんです? ノックくらいしてくださいよ」
まあまあと言うティア教授は、「どうも」「息子が世話になっている」などと定型あいさつを父さんと交わした。
あ、でもちょうどいいな。
俺はこれこれこう、と父さんとの話を簡潔に説明した。ついでにティア教授にだけ聞こえるように、『シャルが関わっているとは言わないように』と釘を刺す。
「なんだか嫌な予感がするのだけど……」
さすが。わかっちゃう?
「父さん、この人は暇してる貴族さんだから、いろいろこき使って構わないよ」
「ワタシの自由はワタシのものだぞ! でもまあ、やりたいことはわかったよ。残念ながらキミに恩を売ってもなかなか返ってこないし、親御さんに狙いをシフトするか」
身も蓋もない人だなあ。
ま、父さんに協力してくれるなら俺もいろいろ返しますよ。たぶんね。