騙し合いには及ばない
お腹が膨れて気力も体力も十分。やはり甘いものは元気の源だ。
シャルロッテはお腹をさすりながらふわりと浮き上がった。
「では皆さま、お宝探しにレッツゴーです!」
ずびゅーんと突き進む少女の後ろを、徒歩組が追いすがる。
余裕で並走するメジェド様スタイルのフレイを除き、三人はついて行くのがやっとだ。
ライアスが大きな声で先を行くシャルロッテに尋ねる。
「なあシャルロッテ、このまま真っ直ぐでいいのか? 今通り過ぎたところを右に曲がれば、候補のひとつの部屋があったろ」
「はい、どうやら本命は想定した中で一番確度の高いところのようですから、寄り道していてはナンバーズさんたちに先を越されてしまいます」
マリアンヌが眉をひそめる。
「彼らも同じ場所を目指しているのでしょうか?」
「そのようですね。地下へ降りた当初はあちこち不規則に動いていましたけど、ちょっと前からは真っ直ぐ目的地へ向かっています」
シャルロッテの片目には、シヴァによって特殊な結界が貼りつけられている。
あらかじめこっそりアレクセイに付与していた発信機型結界と連動し、彼が迷宮内のどこをどう通っているかを知らせるものだ。
のほほんとティータイムに興じていたように見えて、実際には敵の動向を注視していたらしい。
まだ幼いのに考えが深いな、とライアスは舌を巻きつつも、疑問が浮かぶ。
「偶然じゃねえのか?」
「その可能性もありますけど、安全を考えれば『そう』と決めてこちらも動くべきでしょう」
勝負は早い者勝ち。
たとえ目指す先に目的の宝がなくても、相手も同じ場所を目指しているなら問題はない。
そうこうするうち、魔物に遭遇する。
鎧姿の人型の魔物が、一体ではなく整然と列を成して待ち構えていた。
『ちょ、ワンダリング・ナイトじゃないかアレ!?』
『ぇ、なにそれ? 強いの?』
『単体で魔法レベル30は必要な難敵だぞ』
シャルロッテたちには聞こえていないが、聴衆の学生たちが騒ぎ出す。
「殲滅、です! とっかーん!」
しかしシャルロッテは恐れず慌てず、ステッキを振るう。
なにせ一度は戦った相手だ。あのときはハルトに直接サポートしてもらい、今はステッキにいろいろ特殊な結界を貼り付けてもらっている。
数多の光弾が撃ち放たれる。一撃では粉砕できなかったものの、出鼻は完全に挫いた。
「ふっ! はあっ!」
怯んだ相手をイリスフィリアが肉薄してのパンチの連撃。こちらもさすがに一撃では倒せなかったが、攻撃する間を与えず鎧をバラバラに崩す。
「…………」
メジェド様スタイルのフレイも魔物の群れに突っこんだ。大布を被っているので自慢の爪での攻撃ができないものの、一撃必殺のヤクザキックが炸裂する。
「なんなんだ、こいつら……。自信失くすよなあ」
ライアスは後方から光魔法で援護する。肉弾戦で難敵を粉砕する中には入れなかった。
「フレイさんはもとより、このところのイリスさんの成長はすさまじいですね」
「あいつ、ついこの間までは魔法レベルが上がらなかったのにな」
「覚醒、というやつでしょうか? ともかく私たちはできることをやりましょう」
二人の邪魔にならないよう、二人と魔物たちの動きを見ながら注意深く援護してく。
「それそれ、そぉれぇ~!」
「お前はちょっと遠慮しろよ!」
光弾を乱発するシャルロッテにライアスが叫ぶ。
「ご安心ください。友軍誤射にならないよう、この魔法のステッキには特殊な機能を付けていますので」
「なにそれズルい」
そんなこんなで、シャルロッテたちは大して時間もかからず魔物の群れを一掃するのだった――。
アレクセイたちはひと足先に下の階層に降りた。
(ふむ。どうやら私たちと同じルートを選択したようだ)
ハルトの特殊な結界で相手の動向を正確に把握できるシャルロッテたちに対し、アレクセイにその術はない。
しかし遺跡の魔物を制御できるため、自身が管理する魔物たちが消えたのを知ることで、おおよその動きをつかめていた。
(こちらの動きを読まれている……いや、つかまれているのか。面倒だな)
特殊な工作をされているようだが、どうにも判然としない。
おそらくこの身に何か細工されていると考え、ならば、と。
パキンッ。
足音に掻き消されるほど小さな音が背から聞こえた。
魔力を放出しての結界破り。以前の自分にはできなかったが、魔神の力の一端を使える今なら造作もない。
これでこちらの動向は察知されなくなったはず。
(さて、このペースなら我らが先に『ミージャの水晶』を手にすることはできそうだが……)
安心はできない。
宝を手にして即勝利、ではないのだ。
こちらが先に宝を得ても、持って帰らなければ勝利が認められなかった。
直接の対決で奪われてはたまらない。
勝てないとは思っていないが、シヴァが密かに横槍を入れてくれば厄介だ。
同じ場所を目指しているなら、帰り道でばったりとの可能性がある。もたつけば、宝を得るその瞬間に遭遇戦になる危険もあった。
「休まず進む。みんなついてきてくれ!」
こちらの動向がつかめなくなった現状、圧倒的優位に立っている。
もはや小細工や不正の隠蔽など考えず、騙し合いでも優位に立つのだ。
(さあシヴァよ、どう出る?)
アレクセイの興味はすでに――いや初めからシヴァにあった。
シャルロッテなど眼中にない。いくら素質が高かろうと、シヴァのサポートがなければ並の魔法使いなのだから、と高を括っていた。
――それが、彼の敗因となる。
階層ひとつ分の差が開き、勝利を確信したその直後。
「直接対決で相手を倒せば、あとはのんびりお宝探しができますよね!」
行く先に、シャルロッテたちが姿を現したのだ――。