一致団結
やはりおかしい。
アレクセイ・グーベルクは地下遺跡を進みながら、強烈な違和感に頭を悩ませていた。
地上部分の宮殿内で、いきなり指定してもいないフレイム・マミーが現れた。
本来なら地下中層で待ち構えているべき難敵が、だ。
地下へ降りても、予想外の魔物に出くわす。
遺跡の制御権を手にし、学院長に不審がられない程度の魔物を行く先に配置していた。それらは機能こそしているものの、それ以外が頻繁に立ちふさがってくるのだ。
(制御権はまだ、私にある。奪われたわけではないようだが……)
完全にコントロールできていないのは、予想外に出現した魔物の行動を自分が操れないことから明らかだ。
遺跡の制御機能そのものに不具合が発生したのか?
シヴァが何かしら邪魔をしているのか?
前者は古い遺跡であり、先にメルキュメーネスが魔物をすべて最下層にとどめるという無茶をした。その弊害が出た可能性は十分にあった。
後者もまた、可能性としては極めて高い。
どうやって自分の制御権はそのままに、彼が遺跡をコントロールしているかは不明だが、あの男は常識では測れない。
ただもうひとつ、こちらはかなり低い可能性だが、懸念があった。
(ギーゼロッテの干渉か?)
魔神ルシファイラの意識そのものである、本体とも呼べる存在が、イレギュラーな自分を疎ましく思っているかもしれない。
(だが手を貸さないまでも、結果的にシヴァの側と思しきシャルロッテたちに利する行動を取るだろうか?)
自分を始末しようとの意思も感じられない。この程度の魔物なら傷を負うことすらないのだ。
「おいアレクセイ、なにを呆けている!」
ガタイのよい男が声を荒らげた。
目の前に芋虫を長くしたような魔物が迫ってくる。円い口が広げられ、無数の牙がギラついた。
ロック・イーター。巨大な上位種ほどではないが、口から吐き出される溶液は非常に危険だ。
片手を前に突き出し、防御魔法陣を展開する。
べちゃっと円形の口が魔法陣に貼りつき、その中へ黒弾を撃ち放った。
頭部が吹き飛び、血肉が飛び散る。
「戦闘中だぞ。リーダーの貴様が気を抜いてどうする?」
「すまない。考え事をしていた」
魔物の群れを一掃すると、唯一の女性メンバーが寄ってくる。
「どうにも妙よね。魔物の出現率もそうだけど、なにより貴方自身が、ね」
「……私に不満があるなら遠慮なくぶちまけてほしい」
「不満なんかじゃないわ。アレクセイ、貴方……【闇】属性を持っていたかしら? 魔法の遠隔操作も、昨日の今日で体得できるものではないわ」
他のメンバーも不審に思っていたのか、疑惑の目を向けてくる。
これだけ派手にやれば疑われて当然だ。アレクセイは闇系統の魔法を使えなかったし、魔法の遠隔操作はかの閃光姫ですら学生時代には習得していなかった。
「詳しくは家の秘密で言えないが、いずれも特殊な魔法具の効果によるものだ。卒業まで隠すつもりだったが、この大一番で出し惜しみはできないとの判断だよ」
「おおっ! なるほどグーベルク家の秘宝か。秘密にしていたのなら我らが知らなくても不思議はない。それをこの局面で披露するとは。うむ、貴様の本気、しかと受け取った!」
単純なナンバー『4』は快活な笑みを向けてくる。
だがナンバー『12』や他のメンバーは、どこか納得していない風だった。
「さて、こんなところで揉めていては後れを取ってしまう。先を急ごう」
「けれど闇雲に進んでも、指定された物を探せるとは思えないわ」
「なに、そこはある程度推測できる」
メンバーたちがざわつく。
「この地下迷宮は『遺跡』と呼ばれるだけあって、人工的に作られたものだ。であれば設計者の考えを推し量り、どこにどのような『部屋』があるか予想することはできる」
事前に構造は把握しているので、もっともらしいことを言って説明を続ける。
「おおよその構造が推測できれば、今度はどこに隠すかを考えればいい。学院長の気持ちになってね」
これもまた、アレクセイはすでに把握していた。
学院長を出し抜くには骨が折れたが、目的の『ミージャの水晶』がどこにあるか彼は知っているのだ。
「意見は様々あるだろう。しかしどれかに決定しなくてはならないし、議論する時間は限られている。ここは私に任せてくれないだろうか?」
決めかねているのか押し黙る面々に、業を煮やした男が叫ぶ。
「俺は構わん! リーダーはお前だ、アレクセイ。信頼しよう」
他のメンバーも彼に追随し、首を縦に振った――。
~~~
なんか揉めそうになっていたのに残念。けっきょくナンバーズどもは一致団結して先を目指すようだ。
しかし、アレだね。なんとなくだけど、アレクセイ先輩はお宝の在り処を知っているご様子。
ちょっと隣の人に聞いてみるか。
「学院長、『ミージャの水晶』の所在を知られたとの危惧はないかね?」
「さて、どうでしょうね? ただ私は常に両チームに対してフェアでいたいと思っています」
うーん、この。
こっちが事前に遺跡の構造を調べてシミュレーターで特訓してたのに気づいてるのかな?
だとすると、あえてアレクセイ先輩の不正を見逃した可能性も否定できない。
不正は絶対許さないウーマンのくせに。
シャルちゃんたち、ピンチかな? とそちらを映す画面に目を向ければ。
『はふぅ~、あんころ餅、おいしいです~♪』
『不思議な食感だね。中にある黒いものも甘くて美味しい』
『そうですね、初めて食べますが、美味しいです』
『このお茶も美味いな。フレイが淹れたとは思えねえ……』
『ふがっ、がつがつがつがつ……』
なんかティータイムが始まってますが?
『あのテーブルとかティーセットとか、どこから出したんだ?』
『腰のポーチからに、見えたけど……』
『いやいや、大きさ的に無理だろ』
名付けて『四次元ポーチ』にはなんでも入るのです。
シャルたちは和気あいあいと、ライアスもいつの間にかシャルのゆるふわ雰囲気に染まりまくってお茶とお餅を堪能している。
結束はナンバーズどもを上回るな。
しかし、大丈夫かな? 舐めプしすぎじゃない?
なーんて危惧は、シャルには不要。
ここから我が妹の快進撃が始まるとは、誰も予想していなかった――。
『もうひとついただいてもいいですか!?』
うん、ホントに大丈夫?